第3話 自宅
ずっと手首を掴まれたまま、電車と徒歩で移動すること、三十分程。
「ここが悠飛の住むマンション? おっきいねぇ」
「この辺りだと普通だよ。わざわざ見上げて感心する程のものじゃない」
俺の家は、十五階建てマンションの八階にある一室。都心から少々離れた住宅街にあり、周辺にも同じくらいの高さのマンションが多い。
「悠飛のおうちって、結構お金持ち?」
「さぁ。少なくとも、お金に困ったことはない。特別に贅沢な暮らしをしてきた覚えもないけど」
「なるほどねぇ。それなりにお金はある、と。嫁ぎ先としては問題なしだね」
「気が早すぎるだろ……。なんだよ嫁ぎ先って……」
溜息を吐く俺を見て、朱那はふふと楽しげに笑う。
「どうせ婚約者なんていないんでしょ?」
「そりゃ、この年齢で婚約者なんていないよ」
「恋人も、好きな人も、いないんでしょ?」
「まぁ……いないなぁ……」
「実は、わたしのことを狙ってたんでしょ?」
「その自信はどこから来るんだ」
「違ったの? たまに目が合ったとき、この子とエッチしたいなぁ、って雰囲気出してたよ?」
「……それは朱那の妄想だ。もういい。とにかく来るんだろ? 入るぞ」
「うんっ」
エントランスに入り、オートロックを解除。さらに少々狭いエレベーターに二人で乗って上階へ向かうのだが……。
「こういう狭いエレベーター、ドキドキしちゃうね! 襲いたくなる?」
「あのな……冗談めかして言ってるけど、冗談で済まないかもしれないんだからな? 俺だって自制心はあるけど、ちょっとしたきっかけで何をしでかすかわからない」
「え? 悠飛、ちょっとしたきっかけで、わたしを刺し殺そうとするかもしれないの?」
「……なんでだよ。どんなきっかけがあっても刺し殺しはしないよ」
「じゃあ、何も問題ないね」
「殺される以外、何をされても気にしないって?」
「うん」
一瞬の迷いもない返事に、俺は驚愕するばかり。
「なんでためらいなく頷けるんだよ……。俺がどういう意味で言ってるか、わかってるんだろ?」
「当たり前じゃん。わたしたち、もう高校生だよ? わたしと無理矢理エッチしようとするかもしれない、ってことでしょ?」
「言葉にしなくていい……」
「安心して。普通のエッチを求められるくらい、覚悟の上で来てるから。流石にアブノーマルなプレイを求められると、多少の遠慮はしてもらうかもしれないけど」
「求めるとしても、普通のだよ……」
どこまで本気で言っているのか。たぶん、本当に、求められたら応えるつもりなのだろうな。変な奴……。
エレベータが八階に到着し、八〇五号室へ。
「言っておくけど、この時間だと家に誰もいないぞ。親は共働きで、兄は大学生で一人暮らし中」
「避妊具は持ってきてるから大丈夫」
「なんで持ってきてるんだよ……」
「え? まぁ、どうしてもって言うなら生でもいいけど、いざとなったら責任は取ってもらうよ? わたし、産むからね?」
「そういう意味の発言じゃない!」
「うん。知ってた」
ケラケラケラ。こいつ、俺をおちょくって遊びたいだけだろ……。
再び溜息を吐きつつ、玄関の鍵を開けて室内へ。
「お邪魔します。悠飛君の彼女になった華月朱那です」
「誰もいないって。そして、まだ付き合い始めた覚えもない」
「往生際が悪い」
「朱那がぶっ飛び過ぎなんだよ」
玄関からリビングに入り、そこから俺の部屋へ。七畳程度の広さで、日当たりが良いのでまだ室内も明るい。家具は少なめで、ベッド、タンス、机、椅子、本棚くらい。あとは絵を描くための画材や資料。
「あれ? 部屋に自作の絵とか飾ってないの? もっと肌色多めの部屋を想像してたのに」
「親も入る部屋なんだから、女性のヌードを描いた絵なんて飾らないよ」
「ふぅん。エッチなものは隠すタイプか。ヘタレめ」
「そういうものを堂々と飾ってる高校生男子なんて、寡聞にして知らない」
「他の人がやらないことをやれたら、悠飛は勇者になれるよ」
「そんな勇者にはなりたくない!」
「じゃあ、とりあえずエッチする?」
「文脈という概念を学習してくれ!」
朱那が鞄を床に置き、ベッドにぽすんと腰掛ける。さらには、夏服ブラウスのボタンを外し始めた。
「待て待て待て! 何で脱ごうとしてるんだ!」
「高校生、カップル、彼氏の部屋、二人きり。検索結果は?」
「だから! そういうことをするために連れてきたんじゃないって!」
「本当にいいの? わたしは、いいんだよ?」
朱那は、からかう様子もなく見つめてくる。
俺がしたいと言えば、本当に応えてくれそうだ。
だけど。
「……いい。付き合ってもない相手としようとは思わない」
「そう? でもねぇ、知ってた? 日本以外の国では、恋人として付き合い始める前に体の相性を確かめることだって普通なんだってよ? 告白してから付き合い始めて、それから体の関係を持つって、世界的な常識じゃない」
「俺は、日本人だから」
「そ。わかった。これ以上は誘わない」
「そうしてくれ」
朱那がブラウスのボタンを留めていく。残念な気持ちはあるものの、ホッと一息。
「悠飛、隣に座ってよ。少し、真面目な話でもしよ?」
「真面目な話ができたのか?」
「当たり前じゃない。わたし、真面目な話しかできないくらいだよ?」
「その発言を、三分前くらいの朱那に聞かせてやりたい」
朱那がポンポンと隣を叩く。とにかく来い、とのお達しである。
拒絶する明確な意思は持てず、俺は朱那の隣に腰掛けた。
改めてだけど、自分の部屋に女の子がいて、しかも隣に座っているなんて、とんでもない状況だ。
まぁ、朱那が冗談なのかよくわからない発言ばかりするから、意外と緊張もしていないのだけれど。
「わたしね、重度のナルシストなんだ」
真面目な話という前振りで、朱那がまたぶっ込んできた。
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