第4話 ナルシスト

 ナルシスト、ね。頭を抱えたくなりつつも、尋ねる。


「……これ、真面目な話だよな?」

「うん。そうだよ」

「わかった。続けてくれ」

「わたし、ナルシストだから、自分は世界で一番可愛くて綺麗だと思ってるのね?」

「すげー自己肯定感……」

「この美貌もヌードも、世界に発信しないと

罪でしょって思ってるくらい」


 突っ込みが追いつかないな。


「だけどさ、わたしはわたしが世界一だと思ってても、それはあくまで主観の話であって、客観的にはそうじゃないと判断する人もいるわけよ」

「良かった。そう思えるだけの理性は残ってた」

「それはそれで仕方ないと思うけどさぁ、やっぱ悔しいじゃん? 華月朱那が世界で一番可愛くて綺麗だって、世界中の人に認めてもらいたいじゃん?」

「じゃん? って語尾を上げるな。ナルシストの気持ちは俺にはわからん」

「わたしが世界一だって認めさせるには、写真程度じゃダメなわけよ。この子可愛いねー、ってくらいで終わり。そんなのはつまらない。

 だから、悠飛にわたしを描いてほしい。わたしの世界一の美貌に、悠飛の絵描きとしての力が加われば、わたしは世界が認める最も美しい女の子になれる」

「……病的なまでのナルシスト発想だな」

「うん。悪い? 悠飛も、ナルシスト嫌いな典型的日本人? 自分を好きになることを否定して、自分は並で普通な奴なんだって思うことを美徳としちゃう?」


 朱那はナルシストを否定する人が嫌いなのかな……。少なくとも、息苦しさは感じている気がする。

 自分に酔いすぎるのでなければ、自己肯定感を高く持つことは、決して悪いことではない。


「そんなことは言わないさ。悪いとかじゃなくて……斬新だな。日本人だと、自分はナルシストだと公言する人は少ないから」

「公言しないだけで、ナルシストは結構いると思うよ?」

「それは、そうかもな……」

「自撮りを平気でSNSにさらす女の子なんてだいたいそうでしょ。自分は可愛いと思ってなかったら、そんなことしない」

「……まぁ、な。世界一可愛いまでは思ってないだろうけど」

「まぁね」


 ふぅ、と軽く息を吐く。

 朱那は病的なまでのナルシスト。そして、世界中にそれを認めてもらいたいという、承認欲求の固まり。それは理解した。


「けど……なんでヌードなんだ? 普通に絵の上手い人に、着衣のままで描いてもらえばいいじゃないか。それで十分、世界一美しいと認めてもらえるんじゃないか?」

「そんなの、女性のヌードが、世界で一番美しいと思うからだよ。悠飛は違うの?」


 朱那の笑みは、猛禽を連想させる。少し恐ろしく、同時にかっこよくもある。そのくせ、女性的な美しさも兼ね備えているのだから、反則的な魅力を放つ。


「……違わない、かな」

「だと思った。水澄先生から、悠飛が本気で描くのは女性のヌードだけだって聞いた。それは、女性のヌードが、他のどんなものよりも一番綺麗だと思っているからでしょ。

 そして、悠飛の描くヌードは、性的な興奮を誘う類じゃない。そこに神様が宿っているかのような尊さを表現してる。

 だから、好きなんだ。悠飛の絵が。そして、あんな絵を描く、悠飛のことが」


 冗談めかした雰囲気のない、まっすぐ過ぎる言葉。

 俺の絵をこんなにも明確に認めてくれたのは、水澄先生に続いて二人目だ。

 もっとも、俺のヌード絵を見たことがあるのも、水澄先生と、朱那だけなのだけれど。

 正直、とても嬉しい。同年代の女子には、まず受け入れられることはないだろうと思っていた。

 水澄先生を少しだけ恨みもした。それは見当違いだったのかもしれない。水澄先生は、朱那の人柄を知って、朱那ななら大丈夫だと思ったのだろう。逆に、俺は水澄先生に感謝しなければならないようだ。

 朱那に引き合わせてくれてありがとう、なんて。


「わたしのヌード、描いてくれるよね?」

「……俺としては、描こうっていう気になってる。でも」

「でも?」

「一応、児童ポルノの範疇になる、気がする」

「なんとかなるでしょ、そんなの。絵だし」


 はっはっは! と朱那はお気楽に笑っているけれど、結構重要なところだぞ?


「……あのなぁ」

「大丈夫だって。だいたい、わたしが描いてほしいって言ってるのに、児童ポルノだなんだとか文句言われる筋合いはない。

 まぁ、それでもダメだって思う人もいるだろうけど、外部に出す奴については要所を隠しておけばいいんでしょ?」

「そんな単純な話か……」

「心配なら、外部に出すのはわたしが十八歳になってからでもいい。ちゃんと十八歳になってから描いたものですって言い張れば、誰もわかんないよ」

「そりゃそうだが……」

「とにかく、わたしを描いて。全てはそこからだよ」


 朱那がよほどの悪人でない限り、今の朱那を描いたとしても問題は起きないだろう。

 描きたい気持ちはある。それは否定できない。

 迷う俺の顔を、朱那の両手が包み込む。そして、朱那の方を向かされた。

 悪戯好きの童女のような笑みを浮かべて、朱那が言う。


「思い切って、一緒に悪いことしようよ。今しか生み出せないものが、たくさんあるんだから」


 そして。

 何故か急に、朱那が俺にそっとキスをしてきた。

 何が起きたのかわからなくて、気が動転して、視線をさまよわせている間に、朱那は離れていった。

 唇を触れ合わせるだけの、ささやかなキス。

 だけど、朱那は顔を真っ赤にしていて、それはきっと俺も同じで。


「誓いのキス。わたしたち、これからずっと、一蓮托生ってことで」


 朱那のこの微笑みを、生涯忘れることはないだろう。

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