第5話 賢者な時間

「……今のご時世、相手の同意なく性的な接触を持つのはいかがなものかと」


 視線を逸らして抗議すると、朱那は悪びれもせずに言う。


「悠飛、嫌がってないじゃん。だいたい、こういうのは女子から男子になら許されるもんなの」

「男女差別だ」

「男女があらゆる面で平等だなんて、いつから勘違いしていたの?」

「……勘違いは、してないと思う」

「男女が全ての面で平等になることはできないし、なる必要もない。大事なのはバランスでしょ」

「かもね」

「あ、言っておくけど、悠飛からキスしてくれてもいいからね?」

「……しない、よ」

「触りたかったら、おっぱい触ってもいいよ?」

「だから、そういうことはまだしない!」

「まだ、ね。あと何秒我慢できるかなぁ」

「せめてそこは、何ヶ月我慢できるかな、くらい言っておけ!」

「つまり、数ヶ月以内にはもう落とされる自信があるわけだ」

「余計な詮索はするな」

「はいはい。何秒我慢できるかな? はエッチしてるときのセリフに取っておくね。それじゃあ、真面目な話はこの辺にして。早速描いてよ」


 朱那がまたブラウスのボタンを外していく。その手を、とっさに止めた。


「待て」

「あ、脱がせたかった? 気遣いが足りなくてごめんね?」

「そうじゃなくて! 今から……描くのか」

「そのために来たんだよ。それとも、やっぱり先にエッチしたい?」

「違う。っていうか……朱那は、俺のことを、恋愛的に本気で好きってわけじゃないんだろ? 気軽にそういうことしようとするなよ」

「気軽には言ってない。悠飛以外には言わない」

「……そうか」

「わたしはどっちでもいいんだよ。恋愛感情が先でも、性的な交わりが先でも。最終的に悠飛と一緒になるのは同じ。

 それにさ、知ってた? 女性ってね、エッチした相手のことを好きになるっていう性質もあるらしんだよ。自分が体を許した相手がしょうもない奴だったなんて思いたくないから、エッチした相手が余計に良く見えちゃうんだって。吊り橋効果よりも信憑性のある話だと思うよ?」


 キス一つで赤面するくせに、話の内容が大人すぎる……。


「……もうちょっと、純愛に夢を見る男子に歩調を合わせてくれ。発言の意味は理解できるが、なんだかもう一杯一杯だ」

「おっぱいおっぱい?」

「急に下品か!」

「歩調を合わせろって言ったのはそっちでしょ?」

「小学生レベルまで下げてくれとは言ってない!」

「あれ? むしろおっぱいって連呼すると喜ぶのは高校生だと認識していたけど……」

「確かにそうだった! 歩調を合わせてくれてありがとう!」

「じゃあ、納得してくれたところで、脱ぐわ」

「脱ぎたがりか!」

「そうだよ? 気づかなかった?」

「……薄々感じてた」

「じゃ、諦めて。どうしても心の準備ができないなら、下着は残しておいてあげるから」


 朱那は俺の手を軽く押しのけて、ブラウスのボタンを外していく。

 ブラウス、インナーと脱いでいって、桃色のブラがさらされた。胸の谷間もくっきりと見え、妙に大きな膨らみに感じられた。滑らかな肌も大胆に露出し、鎖骨、へそ、腰のくびれなどがはっきり見える。平面でしか見たことのないそれらが、確かな肉感を持って目の前にある。

 鼓動は速くなるし、変な汗もかくし、視線は朱那の肢体に釘付け。

 そんな俺を見て、朱那はにたりと悪魔みたいな笑みを浮かべている。


「悠飛もやっぱり男の子だねぇ。いい顔してる」

「……いい顔なもんか」

「可愛いよ? わたしの虜って感じの、そのだらしない顔」


 だらしない……。少し悔しいけれど、視線を逸らすこともできない。


「さて、次は……」


 朱那が立ち上がり、スカートのホックを外し、ファスナーを下ろす。

 スカートが床に落ちて、ブラと同色のショーツが現れる。局部に視線が吸い寄せられて、さらにすらりと伸びる脚へと視線が下りる。それでもまた、局部に視線が戻ってしまった。


「ぷっ。頑なにエッチはしないって言ってたくせに、目がギラギラしてるじゃん。本当にしなくていいの? 男に二言はない、とか意地張らなくていいんだよ?」

「……し、しないって! そういうことをしたい気分じゃない……」

「嘘吐き。本当はそういう気分になっちゃったくせに」

「……嘘を本当にしないといけないときもある」

「ま、いいけどね。気が変わったら言って。それで、どう? わたしの下着姿。反応見ればどう思ってるかはわかるけど、言葉にしてほしいな?」


 朱那が両手を後ろに回し、ふふん? と小悪魔めいた笑みを浮かべて首を少し傾ける。あざとい。けど、めっちゃ可愛い。


「……すごく、綺麗」

「それだけー? もっとあるでしょー? わたし、これでも綺麗になるために結構努力してるんだよ? 痩せればいいってわけじゃないから、ちゃんと運動もしてるし、食事にも気を遣ってる。健康な体を維持するために生活リズムも整えてる。

 彼氏なら、もう少し褒めてくれていいよ?」

「……ちょいちょい挟んでくるけど、まだ彼氏じゃない」

「キスしたじゃん。もうカップル成立だよ」

「したというか、されたというか」

「わたしのおっぱい揉みたいって顔してるじゃん。もうカップル成立だよ」

「その基準で言うと、朱那の彼氏は一体何人になるかわからない」

「それで、どうなの? わたしの美しさを、詩人のように褒め称えてくれないの?」

「俺に詩人性を求めるな」

「なら、仕方ない。悠飛は特別に、絵で表現してくれればいいよ。悠飛の中にある、感動を」


 ふぅー、と長く息を吐く。

 なんて、挑発的な言葉。

 心のどこかに火が点いて、気持ちが切り替わる感覚。


「……いいよ。わかった。描いてやるから、静かにしてて」


 画材は何がいいだろか。アナログでも描けるけれど、準備に時間がかかる。今日はデジタルにしておこうか。

 十二インチのタブレットPCを引っ張り出して、デスクチェアに座る。普段なら机に向かって描くところだが、今日はモデルがいるのでいつもと勝手が違う。

 変則的な印象だけど、イーゼルも組立て、そこにタブレットPCを置いた。

 デジタル用のペンを取り、描画ソフトも開いて、朱那を見据える。

 朱那はどこかびっくりした顔をしていているが、俺がデジタルで描こうとしているからかな?


「アナログで描いてほしかったか? 色鉛筆でなら、準備なしで今から描けるけど」

「え? いや、そうじゃなくて……。デジタルでもなんでも、描きたいように描いていい。ただ、なんだか急に雰囲気変わった気がするから、ちょっとびっくりしたかも」

「そう?」

「……悠飛、面白いね。絵を描くときには、妙に静かな感じになるんだ。エッチな気分とかも抜けちゃう?」

「まぁ……そうかも」

「ふぅん。絵描きって皆そうなのかな?」

「どうかな」


 朱那がふふと愉快そうに笑う。


「ある意味、これも賢者タイムって感じだね。どんな絵ができあがるか、すごく楽しみだよ」

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