第40話 勉強
花染との勝負から少し時間が経ち、七月を迎えた。
梅雨も明けて暑い日々が続く中、俺と朱那は俺の部屋でアート活動に勤しむ……わけではなく、来週から始まる期末試験のために勉強をしている。
今は土曜日の午後で、両親は出払い、完全に俺と朱那の二人きり。
しかも、朱那は何故か水色の縞模様が入ったビキニの水着を着ている。
何故にそんなことをするのかと言えば、朱那が脱ぎたがるからである。出会った当初からわかっていたことではあるけれど、朱那は基本的に人前に肌をさらすことが好きだ。隙あらば露出の多い格好をする。
そんな朱那が俺と二人きりになれば、当然過度な露出をするわけで、布面積少な目の水着を着るわけだ。
しかも、座卓に勉強道具を広げる中、朱那はなるべく俺に近づこうとする。
健全な男子として、悶々としないわけがない。
「……朱那。エアコンもつけているし、寒くはないかい?」
「設定温度高めだし、わたし、体温高いから平気」
「ああ……そう……」
「いっそ全裸でもいいくらいだけど」
「それはやめなさい」
「勉強どころじゃなくなるって?」
「わかっているなら、変な提案をしないように」
「変じゃないし。っていうかさ、わたしたちが付き合い始めて、もう一ヶ月くらい経つじゃん? エッチしないの?」
ニヨっとした笑みを浮かべる朱那。積極的すぎて困る、ほんと。
「そういうのは……段階を踏んでからするべきかと……」
「手を繋いだ。ハグもした。キスもした。他に踏むべき段階って何?」
「その……それ以前に、俺、まだちゃんと付き合おうって言ってないよな?」
そうなのである。
対外的には付き合っていることになっているし、俺も朱那と恋人関係であることに抵抗はないのだが、まだ二人の間では交際宣言はされていないのだ。その状態でエッチなことなどしてはいけない……よな?
「まだそんなこと考えてたの? もう、悠飛もとっくにわたしと付き合うことに同意してると思ってた。
言葉にはされてないけど、男の子ってそんなもんかなー、って諦めてたわ。
……っていうか、もしかして、まだわたしと付き合わない可能性が残ってるの?」
「いや、そうじゃないんだけど、さ」
「じゃあ、今からわたしたち、正式に恋人同士ってことで。好きだよ、悠飛。悠飛はわたしのこと、好き?」
特に気負う様子もない、甘いもの好き? くらいのノリの質問。
こんな雰囲気の中で告白するのもどうかとは思うが……。
「……うん。好きだ」
それ以外に、答えはない。
朱那がにこりと微笑む。格別に嬉しそうでもないのは、俺の気持ちなんてとっくにわかっていたからだろう。
「じゃ、そういうことで、これからも宜しく」
朱那が俺にしなだれかかり、肩に頭を乗せてくる。
俺も薄着をしているので、朱那の肌の感触が伝わりすぎていけない。
「えー、朱那。過剰な接触はいかがなものかと……。高校生の男女として、節度のある交際がふさわしいかと……」
「節度を守って、妊娠はしないように気をつけようね」
「いや、あの、その……」
俺がどぎまぎしていると、朱那が不思議そうに問う。
「悠飛ってさ、どうしてわたしとエッチしようとしないの? わたしがいつしてもいいと思ってることくらい、わかってるよね? 何かのこだわり?」
「……これはまぁ、微妙な男心なのだけれど」
「うん」
「……性欲を満たすために朱那と付き合ってる、みたいな感じになるのは嫌だなぁ、と」
「ぷっ。あっはっはっは!」
朱那が急に大笑い。そんなに愉快なことを言った覚えはないのだけれど。
「え? 俺、変なこと言った?」
「わたしも見くびられたものね! このわたしが、性欲を満たすためだけに使われて終わるわけないじゃない! わたしがそんな安い女の子に見える?」
「……見えないな」
「でしょ? 悠飛は男の子だし、男の子は性欲お化けだって聞くけど、それが満たされたらわたしのことなんてどでもよくなる?」
「それは、ない」
「悠飛は、わたしを一人の人間として好ましく思ってくれてるよね?」
「もちろん」
「だったら大丈夫だよ。性欲を満たすための付き合いなんかにはならない。ってことで、先に発散してから勉強する?」
「……うーん」
「まだ何か気になることでも?」
「こう……初めてのときくらい、何かしら雰囲気とか流れとかを考えた方が良いのかと……」
「悠飛はロマンチストだね。ってか、彼氏の家で二人きりっていうだけで、かなりシチュエーションとしてはいいと思うけど? もっと劇的な何かがほしいわけ?」
「……上手く言えないが、こんな感じで初めてを終えて良いものか、と思わないでもない」
「ふぅん……。やっぱりロマンチストなんだね。でも、正直に言うと、わたしもまだエッチするつもりはないんだよね。してもいいとは思ってるとしても」
朱那の右手が、俺の左手をきゅっと握る。ついでに、二の腕辺りにには、ふにっとした柔らかな感触。
「わたし、まだ悠飛にヌードは描いてもらってないじゃん?」
「うん」
この二週間程で俺は朱那の絵をたくさん描いてきたが、ヌードはなく、水着まで。俺の希望ではなく、朱那の希望だったのだが。
「わたし、処女である自分の絵を、悠飛に最高のクオリティで描いてほしいんだ。
何度か描いてもらってもいいとは思ってるんだけど、やっぱり最初って特別でしょ? その最初の一枚をきちんと描いてもらうために、今は悠飛に練習してもらってる感じ。そして、その一枚を描いてもらうまでは、本当は悠飛とエッチするつもりないんだ。
悠飛がわたしと一線を越えようとしないのは、わたしの本気を感じないからだろうとも思ってる」
「……なるほど」
「悠飛がどうしても先にエッチしないなら、それもありだよ。どうする?」
「……そんなこと言われて、今からする気になるわけないだろ。俺も、朱那の最初のヌードは、最高のクオリティに仕上げたい。まだ、練習が必要だ」
「良かった。ただ、最高のクオリティとは言ったけど、今できる全力であればいい。悠飛は日々成長するわけで、今日の最高が、明日にはもう最高ではなくなるかもしれない。一枚描き上げたその瞬間に、またステップアップすることもある。
いつまでも描かれないのは困るから、タイミングを見ようね。どんなに遅くとも、来年の五月十一日までには、描いてもらう」
「その日、何かあるのか?」
「五月十二日がわたしの誕生日。十八歳になっちゃうの。その前に、十七歳のわたしを描いてほしいってこと」
「あ、なるほど。いや、本当は十八歳になってからがいいと思う」
「そんなのつまんない。悠飛となら、悪いこともたくさんしたい」
「……変なこと言う」
「これくらい普通でしょ? 悠飛は、わたしと悪いことしたくない?」
「……したい」
「いつか、高校生の時はあんなバカなこともやったなぁ、って笑い合おうね」
「……了解。なら、明るい未来が手に入るように、まずは試験勉強を頑張るか」
「そだね」
朱那が姿勢を正し、シャーペンを手に取る。
「あ、最後にさ」
「ん?」
「悠飛は、高校卒業したらどうするの? 進学?」
「まぁ、進学のつもり」
「美大?」
「わからない。実のところ最近までは芸術系とは全く別の大学に行こうと思ってた。でも……アーティストとしての道もあるかもしれないって思ったら、美大にも興味は出てきた」
「そっか。まだはっきりとは言えないよね。わたしは、芸術系の大学に行く程の力も興味もないんだよなぁ。悠飛と生きるのに、一番いい道を探したい」
「……いいのか? 俺を中心に考えていくみたいなことして」
「いいに決まってるじゃん。わたし、悠飛と一緒じゃないと、もう生きていく意味なんて見いだせないんだから」
「……そう」
重い話である。でも、その重さはどこか心地良い。
「でも、安心して。わたし、悠飛にもたれかかって生きていくつもりはないの。自分の足で立つことは前提で、悠飛に隣にいてほしい。悠飛とは対等な目線で世界を見たい。悠飛が辛いときには、わたしが支えたい。お荷物にも、守られるだけの存在にもなりたくない」
「頼もしいな」
「当然。わたしは深窓の令嬢でも、お姫様でもない。わたしは、強くなるよ。悠飛と一緒に並んでも、引けを取らないように」
「むしろ、俺の方が引け目を感じるというか……」
「はぁ? 何言ってるの? 悠飛、いい加減自分の実力を認めたら? わたしがどれだけ悠飛を尊敬してると思ってるの? 悠飛はすごいんだよ。自分を信じられないなら、悠飛を信じてる、わたしを信じて」
「……うん」
「さ、まずは勉強よね! 試験なんてさくっと乗り越えるよ!」
俺にさくっと試験を乗り越えさせたいなら、とりあえず服を着てくれないだろうか?
少しだけそんな気持ちもあったのだけれど、やっぱり朱那の肌を見られるのは捨てがたく、口には出さなかった。
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