第41話 ウィーアー
試験に向けての勉強が一段落したところで、俺と朱那は、八草と水澄先生から借りたアート関連の本を一緒に見る。
今見ているのは、現代アートではなく、むしろ少し古い絵画に関する本。
「わたし、現代アートの面白さもわかってきたけど、こういう古典的な絵画もやっぱり好きなんだよね」
「うん。俺も」
「現代アートはさ、アイディアとしてすごく面白いと思うし、わくわくする。ただ、深いところで感動するものではないのかなとも思っちゃう」
「現代アートは、感動するものっていうより、考察するものって感じだな。俺の根っこの部分とは少し違う気はする」
アートに対する俺と朱那の意見は、かなり一致している。俺たちだけだったら、現代のアート界隈では生き残れなかったかもしれない。
「けど、アンチボルテとかやっぱり面白いね。すごい発想」
「確かに」
アンチボルテは、野菜や果物を素材として人を描いたことで有名。実にユニークで面白い。インパクトだけなら現代アートといい勝負。
ただ、やはり当時は、絵はただの絵であり、そこに深い哲学があるわけでもない。現代アートとしては成り立たないのだろう。
朱那は、また別のページを見ながら言う。
「あとはさー、このドガの蜜蝋人形も衝撃的だよね。十四歳の女の子を素っ裸にしてモデルにして、等身大の人形作っちゃうんでしょ? やっば! 今やったら即刻捕まるわ!」
「俺も流石にドン引きだ」
「ねー。でも、本当はやってみたいんじゃないの? 男の子はさ?」
「それは……気持ちだけなら、わからないでもないかもしれない。でも、実際にそんなことしようとは思わないよ」
「本当かなー? お姉さんにちょっと本当のことを打ち明けてみなさいよ」
「本当だって。たとえ時代が許しても、俺はこんな大胆な作品は作らない」
「ふぅん? このドガさん、歳を取って盲目になってからも、手の感覚だけで美少女人形を作り続けたんだってね。同じ立場になったら悠飛もやるでしょ」
「それは……しないとは言い切れないとも言っていいのかもしれない」
「変な言い回し。結局やるんじゃん。もー、男の子ってしょーもないなー」
「……申し訳ない」
「まぁいいよ。それに、本当は少し、羨ましい」
「え? 何が?」
「男の子って、女の子大好きじゃん?」
「……まぁ」
「悠飛の絵を見ても、いつも思うんだ。女性を一番美しく描けるのは、男性だって」
似たようなことを、花染も言っていた気がする。
「そうかな。男性の場合、性的な魅力を強調する絵になってることが多いと思うけど」
「そういうこともある。でも、それだけじゃない。男性が描く女性と、女性が描く女性は、やっぱり違う。見ているところ、魅力的に思うところが、違う。こだわりも違う。
女性の描く女性も、確かに綺麗。でもね、男性の描く女性には……どこか、深いところを刺激する力がある。
綺麗な女性を見たとき、女性視点よりも、男性視点の方が、きっとその女性を美しく思うんだろうし、感動もするんだと思う。
羨ましい。ずるいとも思う。
男性になりたいわけではないけど、男性としての目を持って、女性の美しさに感動してみたい。
きっと、すごく気持ちいいんだろうね」
朱那が羨望のまなざしを俺に向けてくる。
「そんなに、良いものではないかと……。男は、性欲に振り回されるばかりだから」
「そう?」
「うん」
「そっか。じゃあ……休憩がてら、わたしを一枚描いてよ。一時間くらいでさ。もっと、わたしの肌をよく見たいでしょ?」
「……とりあえず、描くよ」
俺はいつでも朱那を描きたいから、誘われれば断るつもりもない。
急いで準備をして、ぺたん座りで可愛らしく小首を傾げる朱那を、描き始める。
「それにしても、俺の絵って、どんなメッセージを込められるんだろう? ずっと悩んでもなかなか答えは出ないな」
「『あなたは美しい』じゃダメかな?」
「うーん……物足りないのでは?」
「なら……そうだな……。
これは、悠飛に描いてもらうと、いつも思うことなんだけど」
「うん」
「すごく、自信が沸いてくるんだ。『あなたは美しい。そして、あなたは素晴らしい人間だ』って力強く訴えてくれるから。
ああ、でも、そっか。悠飛の不幸は、悠飛自身を描いてくれる人がいないことなのか。自画像じゃ、たぶん何もわからないよね……」
「俺、自分の自画像、上手く描けない」
「だよねー……。んー、もったいないなぁ……。っていうか、日本人って、自己肯定感低すぎだと思うんだよね。
これも、悠飛の絵を見てて思うことなんだけど。
世間がもてはやす美男美女じゃなくても、人にはそれぞれの美しさや面白さがあって、皆、素晴らしいんだよね。悠飛は、それをよく表現してくれる」
「……あ」
朱那の言葉に、ふと思い至る。
「ん? どうかした?」
「朱那の言葉が本当なら……そういう絵を描くのもいいのかもしれない」
「どういう絵?」
「自己肯定感低い人もたくさんいるけど、あなたは本当は素晴らしいんだって、伝える絵。たとえどれだけ他人があなたを評価しなくても、自分はちゃんと素晴らしいのだから、自信を持ってよって。
日本だったら、こんなのも流行らないかな? ナルシストとか、自分は素晴らしいって主張する人を叩きがちな国なら、社会的なメッセージ性もあるような気がする」
なんてね。
と、軽い調子で言ってみたところ。
「それ、いいと思う!」
朱那が目を輝かせた。
「悠飛! それいいよ! それは悠飛が絵に込められるメッセージでもあるし、わたしの思いでもある! わたし、自分が世界で一番美しいと思ってるけど、だからって他人を見下したいわけじゃないの。皆も素晴らしいよって、いつも思ってる。
わたし、皆にもっと気づいてほしい。皆、素晴らしいんだって。自信を持っていいんだって。ナルシストでいいんだって」
「あ、おお」
朱那がモデルを中断し、俺の元に寄ってくる。それから、両手で俺の頬を包み……キスをしてきた。
ちろりと、朱那の舌が俺の唇を舐めた。
「悠飛! 確定ではないとしても、一つの方針としてそれは採用! メッセージ、じゃんじゃん飛ばしていこう!」
「あ、う、うん」
「楽しくなってきた! なんでもっと早く気づかなかったのかな? 答えなんて始めからそこにあったのに!」
軽い提案だったのだけれど、朱那の心に火をつけてしまったらしい。
ちょっとびっくりする。……けど。朱那が盛り上がっていると、悪くないアイディアのような気がしてきた。
「『あなたは美しい』か『あなたは素晴らしい』か……。コンセプトを言葉にするなら、どっちがいいかな?」
「んー……美しい、ってすると、何か違うって思われることもありそう。素晴らしい、の方がいいかな。ただ」
「ただ?」
「海外も視野に入れるなら、『You are wonderful!』の方が……いや、ここは『We are wonderful!』とかどうだろう? あなたは、っていうより、皆、っていう意図なら、Weの方が適切かも?」
「いいじゃん! 決定!」
朱那がビシィ! と指をさしてくる。人を指さすのはやめなさい。
「『We are wonderful!』ね! わたしたちの一つのブランドにしていきましょ! それだけをやるわけじゃないとしても、いいものができそう!」
朱那は上機嫌で……再びキスをしてきた。
むちゅー、と自分で声まで出している。
キスを終えたら、朱那がニシシと満面の笑み。
「さぁ、早速その方針で絵を描くよ! あ、でも、そうだな……単純にわたしを描くよりも、より強くそのメッセージを発信するなら……。ねぇ、悠飛。お題を出すね。『五十年後のわたしを描いて』」
「五十年後の、朱那?」
「うん。そう。悠飛なら、五十年後のわたしだって、魅力的に描けるでしょ?」
「それは……俺なりには」
「悠飛、おばあちゃんの絵もすごく上手いもんね。じゃ、宜しく!」
「ちなみに、五十年後の朱那を、水着で?」
「うん。そう」
「まじかー。ちなみに、その意図は?」
「おばあちゃん描いてる方が、若さに頼らない、人の素晴らしさを表現できるでしょ? 美しさの意味、ちゃんとわかるように発信しなきゃね!」
「なるほど」
「さ、今から描いて! わたしたちの本当の戦いはこれからよ!」
「それ、ちょっと不穏な台詞……」
ともあれ、俺は朱那の指示に従い、朱那の五十年後の姿を描き始める。
五十年も経てば、朱那だって当然、容姿が衰えていく。
だけど……若々しい美しさがなくなっても、朱那は、きっと美しいだろう。
どんな風に歳を取り、どんなおばあちゃんになるだろうか?
想像すると楽しくて、描き上がる前から、これは良い絵になる、と確信できた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
本当の戦いはここから……というところで、一度幕引きとさせていただきます。
アートネタをやってはみましたが、なかなか読者さんも増えませんでしたねー。アートネタがよくないのか、作者の力が足りないのか……。
そもそもラブコメになってない?
ともあれ、最後まで読んでくださった方は、楽しんでいただけたのかなと思います。
お疲れ様でした。
読了、感謝です。
ヌードを描く天才と、脱ぎたがり美少女が手を組んだら。 春一 @natsuame
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