第16話 アートの価値1
俺と朱那がバカップルを見せつけたところで、八草が財布から二万円を取り出した。
「手持ちこれしかなかったわ。残りは明日払う」
「あ、うん」
五万円で絵を売った直後だけれど、実際にお金を目にすると戸惑ってしまう。
このお金、本当にもらっていいの?
なんとなく水澄先生の方を見ると、水澄先生が特に異を唱えることはない。
「売買は成立したのだから、素直に受け取ればいい。色葉君にとっては初めてのことかもしれないが、八草さんにとってはアートの売り買いなんて普通のことだから、後から揉めることもないさ。転売して利益を得ようとか、自作発言して注目を集めるなんてこともない。
ただ、今回はお友達同士のやり取りだから細かくは言わないけど、本格的に絵を売っていく段階になったら、税金や確定申告とかもちゃんと考えること。脱税で捕まるなんて実につまらんことだよ」
「ああ、はい……。税金……確定申告……」
耳慣れない言葉だ。聞いたことはあっても、実体として上手く掴めない。
そういうの、まだまだ先の話だと思っていたのに。
俺が二万円を財布に入れていると、八草が迷いながら言う。
「一応、お金の絡んでる話だし、領収証くらいもらっておこうかな」
「領収証……?」
「正式な奴じゃなくていい。押印も印紙もいらない。お金の受け渡しがされた、という証明になればいい」
八草が鞄からノートを取りだし、そこに簡単に領収証めいた文言を書く。
「サインだけちょうだい」
「あ、うん……」
二万円を受け取った証明として、サインをする。
これまた初めての経験で、無駄におっかなびっくりだ。
「これでいいか?」
「ええ。十分よ。それじゃ、この絵、もらうわね?」
「どうぞ」
八草は俺が描いた絵を手に取り、満足そうに唇を綻ばせる。俺も、無性に笑いたい気分になった。
話が落ち着いたところで、日向が水澄先生に問いかける。
「今更ですけど、学校でこういう商売してもいいんですか?」
「あまり好ましいことではない。でも、私の見ていないところで勝手にやられるよりはいい」
「なるほど」
「色葉君も、絵で商売するときには先に私に声を掛けること。トラブルに巻き込まれないためにも、わけもわからず適当に絵を売りさばくのは控えたまえよ」
「はい。それは、もちろん」
「華月さんも、勢いだけで突っ走らないように。あまり滅茶苦茶されると、私でもフォローしきれない」
「……はい」
「それじゃ、今日の活動はこの辺にしておこうか。片づけてー」
水澄先生の合図で、それぞれ道具を片づける。
その間、朱那が水澄先生に問いかける。
「アートの価値について、追加でちょっと質問です。
アート作品って、一枚の絵で百億円以上の値が付くこともありますけど、あれ、どう思います? 私もアート作品は好きですけど、百億単位の金額になると、戸惑うばっかりなんですよね。なんであんな値段になるんでしょうか?」
「色々と要因はある。あくまで一因として話すなら、お金を持て余している超大富豪が、アート作品に過剰な投資をするからさ」
「過剰な、投資、ですか?」
「私見も混じるが、本来、アート作品なんかに、百億円単位の価値なんてあるわけがないんだ。アート作品に死者を復活させる力があるわけでもないし、世界から災いを取り除く力があるわけでもない。
それでも百億円なんて値が付くのは、日本人とは規模の違う超大富豪が、資産を減らさないため、アート作品に投資しているという側面がある。
別にアート作品を丹念に鑑賞したいわけじゃない。お気に入りアート作品を自分のものにしたいわけじゃない。
単なる資産として、価値があるとされるアート作品を購入し、保管しておく。
細かい話は面倒だから端折るが、シンガポールには、その筋では有名な保税倉庫があるらしくてね。数々の名画が保管されっぱなしになっているという話だよ」
「へぇ……」
「それと、覚えておくべきは、その超大富豪と私たち一般市民とでは、金銭感覚が全く違うということだ。
超大富豪は、何千億円だとか、兆単位でお金を持っている。その人たちにとっての一億円は、私たちで言う千円とか一万円程度のものなんだよ。
私たちからすると百億円なんて雲を掴むような金額だが、連中にとってはなんてことない金額。だから、アート作品なんぞのためにバカみたいな金額を出せる。
ついでに言うと、あえて高額で取引されるようにし向けているのではないかとも思うね。その方が、資産として保有するには都合がいい。そして時間が経ち、どんどん値段がつり上がってくれるとありがたい」
「……そう聞くと、なんだか残念な気持ちになりますね」
「仕方ないさ。金持ちがどんどん金持ちになっていくのが、資本主義という仕組みらしい。色々な歪みも出てくることだろう」
眉をひそめる朱那と、苦笑する水澄先生。アート界隈って、難しいな……。
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