第26話 花染美砂
展示されているのは、少しイラストめいた雰囲気で、若い女性を描いた作品。
メインのモチーフは女性なのだけれど、色使いはありのままよりよほど鮮やかで彩り豊か。背景に何とも表現できない綺麗な模様が描かれており、どちらかというと背景の方がメインのようにも映る。
アートってなんだろう? と考えるよりも、直感的にこの作品たちには引き込まれるものがあった。
路線としては美しさや技術力も追求しつつ、別の不思議な魅力をも備えているようだ。
「こういうの、いいな。でも……」
単純に、これいいな、で終われないのは、俺が描くものに系統が似ているからだろう。アートを今までとは違った視点で見るようになって、こんな絵を描こう、と想像していたものの一つが、目の前に現れた気分。
要するに、悔しい。
「ふぅん……。なるほどなるほど……。なかなかいいじゃない」
朱那もおそらく、似たようなことを考えているのではなかろうか。単純に惹かれているという風ではなく、何か思案げだ。
その姿から視線を逸らし、作者名に目を向ける。
「作者名、
「女性じゃない? 色使いは女性っぽい。派手だけど優しくて柔らかいこの感じ、男性的ではないかな。っていっても、これだけでは判断できないけど」
「うん……。まぁ、性別はどうでもいいか。なんていうか……正直、俺よりすごくない?」
「え? そう?」
俺としては圧倒されてしまったのだけれど、朱那は不思議そうに首を捻っている。
「朱那は、俺の方が上手いと思う?」
「上手い下手の話はしてないかな。わたしは悠飛の絵の方が好き」
「あ……そう」
「この作品もすごいよ? でもさ……わたし、この絵柄で描かれてもわたしは有名になれないじゃん。女性の描き方にアーティストの主観入りすぎ」
「……基準はそこか」
「わたしの基準は当然そこだよ。悠飛の絵は、モデルの魅力を引き立てる力が強い。ド派手な演出は利いてなくても、とても親しみやすくて優しい。だから、好き。そして、わたしも描いてほしいって思った」
「……なるほどね」
「悠飛には悠飛の良さがある。もちろん、花染さんの作品から良い影響を受けて、自分の作品を進化させるのはいいと思う。でも、悠飛の絵が劣っているなんてことは全然ないよ」
「……ありがと。ちょっと元気出た」
「ちょっとだけ? 言葉で足りないようなら……体も使って元気づけてあげようか?」
最後の方は、俺にだけ聞こえるような小声。でも、こんな場所で性的なニュアンスの言葉を囁かれると緊張してしまう。
「……そういうこと言うなって」
「本当は聞きたいくせに。もっと卑猥な言葉を耳元で囁いてあげようか? ASMRって奴?」
「そういうのはやらなくていいから……」
「恥ずかしがりだなぁ! 本当はしてほしいくせに! わたしに遠慮はいらないから、してほしいときにはいつでも言ってね!」
ニハハッ、と朱那は笑う。いつもいつも、笑ってばかりだなぁ……。
「あー、それにしても、やっぱりアート作品って高いのが多いよな……」
気を逸らすため、展示されている作品の下にある値札を見る。どれも数十万円はする。高校生には気軽に買える代物ではない。
「アーティストの労働に見合う値段ではあるんでしょうけどね。高校生には手が出ないかな」
「うん。部屋に飾ってみたいものもあるけど、今は無理だ」
「わたしたちの部屋には、悠飛の作品がたくさん飾ってあるよ?」
「……また時間が飛んでない? そろそろ未来人設定もきつくなってない?」
「きつい? なんのこと? わたし、正真正銘の未来人だよ?」
「……はいはい」
「ま、九割は悠飛の作品で埋まってるけど、残りの一割くらいは他の人の作品を置いてもいいかもね。ただ、やっぱり寝室の天井にわたしのヌードってのは譲れないから!」
「寝室の天井に何飾ってんだ!」
「世界で最も美しい絵画」
「朱那は平気でハードルを上げるよなぁ……。モデルは良くても、俺の腕次第じゃないか……」
「へへ。期待してるよ、ダーリン!」
こんなところでもやっぱりイチャついていると、聞き覚えのある声。
「その様子だと、ビジネスカップルということはなさそうだね」
左を向くと、
「あ、水澄先生もいらっしゃってたんですね」
「先生、こんにちは」
「ああ、こんにちは。デートの邪魔をしてすまないね。実のところちらちら見かけていたが、接触は避けようと思っていたんだ。ただ、
「
俺が尋ねると、水澄先生が頷く。
「私の知り合いなんだ」
「あ、そうなんですか? へぇ……。水澄先生と同年代の女性?」
「いや。まだ十八歳の男子高校生」
「え!? そうなんですか!?」
「同年代! しかも、男子とは思いませんでした!」
俺と朱那が驚いているのに対し、水澄先生は至って冷静。
「名前も画風も女性的だからね。勘違いするのも無理はない。それに……単純に男子高校生と呼んで良いかも微妙だ」
「……どういうことですか?」
「何か訳ありなんですか?」
「世間的には、訳ありの部類かもしれない。私は訳ありとも思わないが」
水澄先生の口振りに、俺と朱那は顔を見合わせて首を傾げる。
「
「会いたいです!」
即答したのは朱那で、その目はキラキラと輝いている。……もやつくのは、嫉妬なのかな?
「わかった。いつにする? 今からでも会えると思うが……」
「今からでも、会えるなら会いたいです」
これも朱那の返事。むむ。
「ほぅ、いいのかい? せっかくのデート中なのに」
「大丈夫です! ちょっと寄り道するくらいで揺れる程、わたしたちの愛は柔じゃないので!」
「なるほど。ならば、私からはもう何も言うまい」
何も言わない水澄先生だが、妙に意味深な笑みを俺に向けている。何かを面白がっているのがよくわかる。良い先生だけど、人並みの意地悪さは持っている人だ。
「連絡してみる。少し待ちたまえ。ああ、それと、八草さんと日向さんが二人で回っているのも見かけた。声を掛けてみるかい?」
「……美術部員が集合してますね」
美術部員ってそんなにアート好きだっただろうか? 幽霊部員も多いのに。
「んー、この際だから呼んじゃいましょうか。その方が面白そうです。わたしが連絡しますね」
朱那がスマホを取り出しつつ、ニヤー、と笑いながら俺を見つめてきた。
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