第13話 自己紹介と宣戦布告
俺が八草の絵を描くことになったのは良いとして、学校で下着姿の女子生徒を描くわけにはいかない。今日のところは無難に部活をすることになったのだが。
「ところで、わたしは八草のこと、
今更ながら、朱那が八草に問いかける。
「……あなたと同じ二年生で、美術部員。一応美大を目指してるけど、美大一本に絞ってるわけでもない。日本じゃほとんど人気のない現代アートが好き。かといって、わかりやすい絵画的なアートが嫌いなわけじゃなくて、むしろ好き。要はアート系はだいたい全部好き。
ついでに言っておくと、漫画、アニメ、ゲームだって普通に好き。漫画なんかは、日本人にとって一番親しみやすいアートだと思ってる。
最近の敵はイラストAI。いえ、敵というか、注目すべき存在、かな? イラスト界隈を大きく揺るがす、天使か悪魔みたいな存在だと認識してる。今後、どう発展していくのか、人類がどうその存在と折り合いをつけていくのか、気になってる」
八草が言い終わると、朱那がふむふむと頷いて。
「要するに、アートバカってことね?」
端的すぎる要約に、俺も八草も苦笑い。
「ええ、そう。あたしはアートバカ。アート以外に興味はない。ただ、アートに興味があるってことは、この世界の全部に興味があるってことでもある」
「……アートと非アートの区別なんてない、とか言ってたっけ?」
「覚えてた? そういうことよ。アートとアートじゃないものに区別なんてない。だから、アートバカってことは、この世界の全部に興味があるってこと」
「ふむ。まぁ、なんとなくわかった」
「で、あなたは? あたしも、華月朱那って名前と、この学校で一番可愛いって言われてることと、今まで告白されても誰とも付き合おうとしなかったことしか知らない」
「わたしについては、重度で病的で苛烈なナルシストだってことと、世界一有名なヌードモデルを目標にしているってことだけ覚えておけばいい」
八草は数秒きょとんとして、それから、カラカラと愉快そうに笑った。
「あは! あなた、面白い子ね! ただの気の強い美少女かと思ったら、想定外にぶっ飛んでるわ! あたし、そういう滅茶苦茶な子、好きよ!」
今度は朱那がきょとんとする番で、ぽりぽりと頬を掻く。
「……こんな反応されるとは思わなかったな。てっきり、わけわからん、って呆れ顔されるかと思ったのに」
「アートバカがこの程度で呆れると思う? 世界中を見渡せば、もっととんでもないこと考えている人はいくらでもいる。便器に《泉》ってタイトルつける人までいる界隈じゃ、華月なんてまだまだ普通の人よ」
「……普通と言われるとちょっと悔しいかも。わたしは、もっと特別でありたいのに」
「特別でありたい、なんて考えるのも、ごく普通の女子高生って感じよね」
「うっさいバカ」
「お互い様よ。そしてそして、その重度で病的で苛烈なナルシストの彼氏は、希代の女体研究家にしてむっつりスケベ系天才裸婦画家、と。ふぅん、面白い組み合わせじゃないの。
高校生活なんて退屈なものだと思ってたのに、身近なところに愉快なモンスターが潜んでるとはね。もっと早く正体を現してほしいものだわ。一年以上も無駄にしてしまった」
「俺を勝手に『希代の女体研究家にしてむっつりスケベ系天才裸婦画家』とか称するなよ……。女体研究なんてした覚えはないぞ」
「昨日わたしにしたじゃん」
朱場がまた、瞬きするように嘘を織り交ぜてくる。
「そんなことした覚えはない!」
「わたしを抱きしめてるとき、朱那の尾骨ってちょっとでっぱってるね、とか言ってたじゃない。何度おしりの谷間に指を這わされたことか」
「微塵も言ってないし指を這わせてもいない!」
俺と朱那が織りなす意味のないやり取りを聞き、八草はやれやれと溜息。
「昨日から付き合い始めたにしては、息の合ったバカップルだこと。ん? 息が合うからバカップルになったのかな? まぁいいや。
とにかく。色葉のこと、ヌードを描く天才、なんて妙にかっこいい言い方なんてしてやらない。もっとしょうもない称号を振りかざしなさいよ」
「……ヌードを描く天才、もどうかと思うけどな」
長ったらしい称号より、すっきりしていて良いけれど。
ともあれ、朱那と八草の自己紹介が終わった。最後に、朱那が水澄先生の方を向く。
「それで、水澄先生は、いつから悠飛に片想い中なんですか?」
またわけのわからないことを……。何が訊きたいのやら……。
「そんなもの、色葉君の作品を初めて見たときからに決まっているよ。色葉君が本気の作品を見せてくれたのは去年の七月だったかな」
「なるほど。WSSって奴かもしれませんが、悠飛はあげませんから」
「元から狙っちゃいないよ。そういう意味での片想いなら、そもそも華月さんと引き合わせもしなかったさ」
「ふぅん……。じゃあ、どういう意味での片想いなんです?」
「アーティストとそのファンという意味での片想いさ。性的な興味はあっても、恋愛的な興味はない」
何を言っているんだこの先生、と変にどぎまぎしてしまったのは俺だけのようで、朱那たちは平然としている。
「性的な興味と恋愛的な興味ってイコールじゃないんですか?」
「近くはあってもイコールではないさ」
「ふぅん……。じゃあ、セフレ希望ってことでしょうか?
「これ以上はちょっと、教師としての立場上口にできないなぁ」
「わかりました。とにかく、悠飛の貞操を守るために、わたしが可能な限り搾り取っておけば良いってことですね?」
「言いたいことはなんとなくわかるが、君は貞操という言葉の意味を一度辞書で調べ直すといいだろう」
水澄先生は至極冷静に朱那に突っ込みを入れているな……。
けど、そうか。水澄先生は、俺のファンになってくれていたのか。
それは……嬉しい。俺が、誰かにとって価値のある存在になれていたのなら、絵描きとして、これ以上嬉しいことはない。
妙な高揚感に包まれていると、不意に頬をむぎゅっと両手で挟まれて、朱那にキスをされた。
数秒で終わったキスだけれど、突然のことに戸惑う。
「な、何?」
「……なーんか、悠飛が気に入らない雰囲気出してるから。悠飛の身も心も魂も前世も来世も……全部わたしのものなんだからね! 他の女のことなんて、一瞬たりとも考えてちゃダメなの!」
「それは厳しい……」
実現するには、俺は朱那の家に監禁でもされなければならないだろう。朱那、そういうヤンデレ気質じゃないよな?
「華月。そういう独占欲で、アーティストとしての色葉を殺していくつもりなら、あたしも黙ってはいない。
色葉、そんなヤンデレ女よりあたしに乗り換えない? あたしなら、色葉が他の女に興味を持つことも、他の女を描くことも許すし、応援する。アーティストとして、あたしと一緒にいた方がいいんじゃないかしら?」
八草が挑発的に微笑む。そして、朱那と八草の睨み合いが始まる。
朱那は敵意剥き出しだが、八草は余裕の表情。客観的に見ると、八草の方が優勢に見えるかも。
「……ちっ。確かに、悠飛の才能は潰せない。他の女の子とも、二秒区切りくらいで考えることを許す」
「二秒で絵が描けるわけないでしょ。まぁ、とりあえず、今は色葉を華月に預けてあげる。でも、華月じゃダメだと思ったら、容赦なく奪うわ」
「ふん。付け入る隙なんて与えない」
「どうかしらね? 華月の方には迷いがなくとも……色葉の方は、まだ隙があるように思えるわよ?」
くっくっく、と悪役見たいな笑みを浮かべる八草。俺が、朱那の猛烈アプローチに対して及び腰であることは伝わっているらしい。
そもそも、俺と華月の間では、正式に付き合い始めたわけでもないからな……。隙があるというのも確かだろう。
「誰にも渡さない。絶対に」
「やってみなさい。でも、気をつけてね。恋愛は一人でするものじゃない。華月の想いがどれだけ強かろうと、それだけで勝負が決まるわけじゃないわ」
朱那の両手に力が籠もる。まだ俺の両頬を挟んだままなので、俺の顔が無惨に形を歪める。
水澄先生が、それを見てくつくつと密かに笑うが、俺はただ気恥ずかしさを必死に押さえ込むことしかできなかった。
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