第14話 価値

 美術部は幽霊部員が多いことで有名だが、我が朝陽乃宮あさひのみや高校の美術部も例外ではない。

 最終的に集まったのは、俺、朱那、八草と、そして一年生の日向穂乃香ひなたほのかという女の子の四人だけ。

 日向は大人しくて控えめな女の子で、かなりキャラの濃い朱那と八草に振り回される俺からすると、癒しをもたらす存在とも言えた。

 ボブカットの髪に、薄桃色でボストン型の眼鏡が似合うのだが、実は伊達眼鏡であることを聞いたことがある。視力は良いらしい。眼鏡女子が好きなんです、とも言っていたが、朱那たちと比べれば平凡な個性だろう。

 眼鏡を取ったら実は可愛い、なんて夢みたいなことはなく、眼鏡をしていても普通に可愛い。眼鏡は日向の可愛さを隠すことはできず、むしろ引き立てているとも思う。

 水澄先生も眼鏡が似合う女性だし、日向もいい感じの眼鏡っ娘だし、俺が高校生になってから眼鏡女子も良いと思い始めたのは、二人の影響である。

 さておき。

 無難に部活をする……の範疇なのか、午後六時くらいまでは、制服姿の八草をモデルに絵を描くことになったので、そうしている。

 元々は俺だけ描けば良いものだったのだけれど、朱那と水澄先生も一緒に描くこととなり、途中でやってきた日向も参戦した。


 朱那は人物デッサンなんて初めてではないかと思ったが、自分でも多少は絵を描くらしい。写真の自撮りだけじゃなく、自画像を描くことにも挑戦していたのだとか。

 ただ、色々と試した結果、自分の納得のいく絵を描けるようになるまでは十年くらいかかる、と思い至ったらしい。絵の上達なんて練習次第だとしても、そこまで突き詰めて描き続ける情熱はないとも思ったそうだ。


 俺が朱那の絵をちら見した感じでも、確かに特別に上手いわけではなかった。かといって下手なわけでもないのだけれど、朱那としては納得のいかないものなのだろう。

 その歯がゆさは、俺にもわかる。描き始めた頃には、自分の実力の足りなさによく悶絶したものだった。

 絵を描き続ければきっと上達もするだろうから、朱那にも描き続けてほしいとは思う。

 一方で、朱那には朱那の考えもあり。


「悠飛がわたしの望むものをくれるんだから、わたしは別のことに人生を費やした方がよくない? 二人で同じ道を行くのも楽しいけど、別々の道を行って、世界を広げていくのもきっと楽しいじゃん?」


 そんなことを言っていた。

 相変わらず、俺がずっと朱那と一緒にいるのは確定事項みたいな口振りだ。悪い気はしていないし、まぁそうなるのだろうなと、半ば悟りを開いている。朱那から逃げる方法がわからないし、そもそもその方法を探そうという気持ちも沸いてこない。

 流されるままになっている節もある。それでも、流された先で思わぬ幸せを発見することもあるのだろうし、これはこれでいいだろうさ。


「……ふわぁ!? え? え? 待ってください。色葉先輩、上手すぎません? 上手いって言うか、圧倒されちゃいますよ……。こんなに描ける人でしたっけ? あれれ?」


 水澄先生が終了の合図をした後、俺の絵を見に来た日向が唖然とする。イーゼルの前で立ち尽くし、ほへぇ、と感嘆の溜息。

 人前で描くときはあまり力を入れないようにしていたからな……。八草に本気で描けと言われたのでそうしたから、日向を驚かせることになってしまった。

 ちなみに、絵は四つ切り画用紙に描いている。サイズが大きいので、二時間程度で描くのは大変だった。


「ふふん? わたしの彼氏である悠飛なら、これくらいは余裕なんだから! 今までは実力を隠していただけ!」


 何故か朱那が得意げにしている。また、『わたしの彼氏』を強調するのも忘れていない。


「え? 彼氏? お二人、付き合ってるんですか? それも初耳ですけど?」

「昨日から恋人! 羨ましいでしょ?」

「えっと……はぁ、ええ……」


 日向が実に残酷な反応をしてくる。いいんだ。それが普通の反応だよ。朱那と八草が過激なだけで。

 日向の微妙な反応など気にせず、朱那が尋ねる。


「ところで、あんたは誰? わたしは華月朱那。二年生」

「わたしは、日向穂乃香ひなたほのか、一年生です」

「悠飛は渡さないからね! そこだけ覚えておきなさい!」

「……はい。わかりました。まぁ、それはいいですけど……へぇ、色葉先輩、こんなに描ける人だったんですね。すっかり騙されていました。ふぅん……そうなんだ……」


 日向が俺を見て目を細める。いつものやんわりふんわりした雰囲気とは違い、刃のような鋭さを感じる。日向、どうした?


「あらあら! 短時間でよくぞここまで……。鉛筆デッサンでもここまでの迫力。素晴らしいわ」


 モデルをしていた八草も、体をぐりぐりと動かしながら俺の絵を見に来た。賞賛は素直に嬉しい。


「ありがとう。それだけ喜んでくれるなら、描いた甲斐があるよ」

「あたしからもありがとう。良いものを見せてもらったわ。って言うか、これ、売ってくれないかしら? 正直お金はあまりないけど……五万くらいなら出せるわ」

「……は? 五万?」


 え、五万って、五万円のこと? 五万ウォンとかじゃなくて?


「……安過ぎた? でも、こちらの懐事情も考えてほしいものね。高校生だし、そんなに金が有り余っているわけじゃないの。この後にはカラーでも描いてもらわないといけないと思うと、有り金全部を差し出すこともできない。

 一万ドルだよ、なんて言わず、融通を利かせてくれないかな?」

「いやいやいや。ピカソのエピソードじゃあるまいし、俺が描いた普通のデッサンに一万ドルとか要求しないよ。五万円でも高すぎるだろって話」


 実話かどうか知らないが、ピカソは町で女性に似顔絵を描いてくれと頼まれ、三十秒程でそれを描いた。そのとき要求した金額が一万ドルだとか。百万ドルという話もある

 数十秒で描いた絵に一万ドルはおかしい、という女性に、ピカソは言う。三十年の研鑽の日々のうえで描いたから、三十年と三十秒かかったものだ、と。


「はぁ? この絵が五万で高すぎる? 何を言っているの?」


 八草が呆れ顔。え? 俺がおかしいの?


「悠飛の絵なら、十万は欲しいところね」


 朱那が何か言っているのはさておき、水澄先生の方を見る。


「……水澄先生、誰の感覚が一般的だと思いますか?」

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