第28話 ギャラリー

「水澄先生って、男女両方いけるんですか?」


 移動中、掘り下げなくて良いことを、八草が訊いた。


「そうだね。ただ、もう少し正確には、恋愛において性別を気にしない、ということだよ」

「なるほど……。ちなみに、今、恋人はいますか?」

「今はセフレしかいない。私はあまり恋愛に向いていないんだ」

「セフレ……。水澄先生、よく教師になれましたね」

「教員になるための面接で、『セフレはいますか?』などとは訊かれないからね。ああ、ちなみに、そのセフレの性別は女だ」

「へぇ……。女同士って、どうですか?」

「なかなかいい。女同士だからこそわかりあえることも多々ある。八草さんも興味があるかい?」

「ええ、あります。自分が女性だからって、男性としか恋愛しないなんてもったいないです」

「ほぅ。ここではなんだし、後でこそっと声を掛けてくれ。色々と教えて上げよう」


 一体何を教えて上げるつもりなのか。知りたいような、知りたくないような。

 アート界隈だからって、風変わりな恋愛をしている人ばかりではないと思うのだが、濃いメンツが集まってしまったものだ。


 さておき、バスと徒歩で移動すること、三十分程。

 都心駅の周辺にある商店街の、奥まったところにある画廊に到着。一階には額や名画のレプリカが販売されているが、二階がギャラリースペースになっているらしい。

 規模はあまり大きくはなく、教室の半分くらいの広さ。アートフェアの会場とは圧倒的に規模が違う。

 中に入ると、白い壁に額に入った絵が展示されていた。大小様々、内容も多様だ。


「ギャラリーなんて入るの初めてだな……」


 美術部員であっても、こういう場所に来るのは敷居が高く感じてしまう。気になる場所ではあったから、来られて良かった。


「わたしも初めて。いつか、自分でもこういうギャラリー開きたいな」


 朱那がきょろきょろと周りを見回しながら言った。


「三年後には、まだギャラリー開いてなかった?」


 冗談めかして尋ねてみると、朱那はクスリと笑った。


「三年後はまだ子育てが忙しいからね。三人の子育てって大変なんだから」

「ああ、なるほど」


 俺と朱那の会話を、八草と日向は、何言ってるんだ? という風に見ていた。

 

 それよりも……あった。花染美砂の絵。

 俺からすると、ここにある他の誰の絵よりも目立って、引き込まれるものだった。

 俺の描く絵とは少し違う。でも、やはり俺と似た何かを持っていると感じるので、胸がざわつく。

 俺と朱那が並んで花染美砂の絵を眺めていると。


「あんた、私の絵のモデルをやってくれないか?」


 すぐ近くから、聞き慣れない男性の声がした。声の主の方を見ると、朱那に向かって、オーバーサイズのワンピースを着た女性が話しかけていた。

 あれ? 女性? 今、男性の声がしたよな? 声が低めの女性だった?

 改めて見ても、女性に見える。ロングの茶髪に、切れ長の瞳。化粧の効果もあるのだろうが、綺麗な顔立ちで、美少女にしか見えない。身長は百七十くらいありそう。ゆったりした服装のため、骨格で性別は判断できない。

 朱那も一瞬きょとんとしたが、すぐに気を取り直して尋ねる。


「あなた、どなたですか?」

「ああ、すまない。私は、花染美砂という名前で活動してる。その絵の作者だ」

「ああ、あなたが花染美砂さんでしたか。なるほど……。そういうことですか」

「そういうことって?」

「水澄先生から、世間的には訳ありの部類だけど、水澄先生からすると訳ありでもないと聞いていましたので」

「ああ……そういうこと」


 花染が水澄先生の方を振り向く。


灯子とうこ、特に説明もせず連れてきたのか?」

「何か説明が必要だったかね? 少なくとも、この四人は美砂が女性装をしているからといっていちいち気にすることはないよ」

「……多少は驚いているようだけどな」


 花染が俺に視線を送る。確かに、五人の中で俺が一番、花染の姿に困惑しているかもしれない。

 ただ、その困惑も、すぐに収まる。


「……現代のアートと比べれば、女性装なんてありきたりですね」


 そんなことを呟いてみたら、花染は苦笑した。その笑い方は、確かに男性的に見えた。


「一応、灯子から名前なんかは聞いてる。あんたは色葉悠飛いろはゆうひで、隣の子が華月朱那かづきしゅな、だね?」

「はい。色葉悠飛です」

「華月朱那です」

「色葉についてはどうでも良くて……華月朱那。私の絵のモデルをやってくれないか? あんたを、描きたい」


 花染は、不思議な雰囲気の人だと思う。その言葉は、女性的な柔らかさを持ちながらも、同時に男性的な力強さもある。


「ごめんなさい。わたし、悠飛以外に描かれるつもりないので、それは無理です」


 朱那がきっぱりと断ると、花染は頬をひくつかせた。


「……へぇ、その男がそんなにいいのか」

「はい。わたし、悠飛にぞっこんです」

「……それは、アーティストとして? それとも、男として?」

「両方です」

「ふぅん……。アーティストとしても、私より色葉の方が上だと思っている、と?」

「……上、下、の問題ではありません。単に、私の好みです」

「……ふん。灯子の教え子っぽい言い方だ」


 花染が再び水澄先生を振り返る。


「なかなか面白そうな子たちを育ててるみたいじゃないか」

「私は大したことはしていない。この子たちが勝手に育っているだけさ」

「……ふぅん。まぁ、モデルの話はさておき。

 とりあえず、そっちの二人には挨拶がまだだったね。私は花染美砂。本名は訊くな。このギャラリー『雨宮あめみや』でバイトしてて、今日は店番。日によっては別室で創作をさせてもらうこともある。

 灯子とはこのギャラリーを通じて知り合った友達で、まぁ、色々と世話にもなってる。灯子に敬語を使わないのは、灯子がそれでいいって言ってるから。学校の外でまで敬語なんぞ聞きたくないんだと。

 私のことはこんなもんでいいか? で、どっちが八草で、どっちが日向?」

「あたしが八草萌絵」

「わたしは日向穂乃香です」

「なるほど。おまけで付いてきたって話だけど、好きなように見ていってくれ。できれば何か買ってっくれ。ここは、数千円程度の、高校生でも買える作品も置いてある」


 花染はそれだけ言って、もう八草と日向には興味をなくしたらしい。

 くるりと振り返り、朱那を見つめる。


「色葉の絵の方が好みだって言ったな? 色葉はどんな絵を描く? 私の絵より、そんなに魅力的なのか?」

「はい。とっても」


 朱那が自信たっぷりに言うので、花染が再び頬をひくつかせる。


「ほぉ……。そうなのか。それはそれは、私も色葉の描く絵に興味が出てきたなぁ……」


 花染は朱那から視線を外し、俺を睨みつけてくる。

 迫力もある。でも……それより、俳優でも見ているような、凛とした美しさも感じた。


「色葉。あんたの絵、見せてくれ」

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