第38話 イチャイチャ
「先に少し、悠飛と二人で話していい?」
五人での話が盛り上がっていくのかと思ったが、朱那はそう言った。
「反対する理由はないけれど、理由を尋ねてみてもいいかしら?」
八草の問いに、朱那が答える。
「悠飛、そんなに積極的にしゃべるタイプじゃないから、このメンツで話すとほぼ聞き役になっちゃうんだもん。わたしは悠飛と話したい」
「なるほど。それは仕方ないわね。じゃあ、あたしたちは勝手に二人の陰口で盛り上がっているから、お好きにどうぞ」
「わたしたちの前で堂々と陰口言わないでよね」
「二人がいないときに話したら、本当に陰口になってしまうじゃないの」
「それもそうね。じゃ、悠飛。しばらくは二人きりの世界で愛を育みましょ?」
朱那が俺の首筋にキスをしてくる。
突然のことでびくりと体が震えてしまい、それを見て朱那がくすくすと愉快そうに笑う。
「み、皆の前でそういうことするなよっ」
「皆の前でやらないと意味ないでしょ? あの腹黒女も、多重人格似非乙女も、悠飛を狙ってるんだから」
「……狙っているのか、ただ面白がっているだけなのか」
「バーカ。面白がってる風に見せて、本当に狙ってるの。乙女の恥じらいって奴」
「……そう、かな?」
ちらりと八草と日向に目をやる。が、その視線は朱那の手に遮られた。
「やだ。他の女の子なんて見ないで。わたしだけ見て」
「……う、うん」
朱那に視線を戻すと、至近距離に満面の笑み。この距離で見せられる笑顔は破壊力が強すぎる。
「……やれやれ。こうもあからさまにイチャつきを見せつけられると、誰でも良いから抱きたくなるね」
「あら、先生、はしたない。でも気持ちはわかります。あたしを抱いてみてはいかがですか?」
「突然の百合展開なんてやめてくださいよ。あたしだけ除け者で寂しいじゃないですか。あ、かといって仲間に入れてくださいとかいうのではありませんよ」
「あらあら、遠慮しなくてもいいのに。華月たちの陰口より、女同士の喜びについての話で盛り上がる?」
「だから! わたしはそういうのいいんで! わたしはむしろ男好きの部類です!」
「くすっ。意外な一言に、むしろあたしはたぎって来ちゃうわ。そんな女の子を目覚めさせるって、とっても興奮するじゃない?」
「まぁ、好きなように盛り上がりたまえよ。今日の私は教師ではないのだから」
三人がわちゃわちゃと盛り上がり始める。あっちはあっちで楽しそうではあるのだけれど、いかにもガールズなトークなので、俺の入り込む余地はなさそうだ。
それよりも、俺は朱那との話に専念する。
「ねぇ、悠飛はさ、これからどうする? 具体的に、こういう風にやっていくっていうイメージはある?」
「うーん、ふわっとしたものなら……」
「どんな?」
「俺、基本的に美しさと技術力がメインの絵をたくさん描いてきたんだけど、それとは全く別方向の力を身につけたいって思うんだ。
面白さ、奇抜さ、派手さ……。あるいは、暗さとか、悲しさとか、その他諸々も……。今までとは根本的に違う発想で、アートに取り組んでみたい。アートフェアとか見ていたら、もっと自由でいいんだなって、思えたからさ。
そして……今までとは違う力を身につけて、花染さんに、圧倒的な差で、勝ちたい」
「なるほど……。具体性はないけど、すごく面白そう。いいじゃない。わたしも、もっと自分の枠をぶち壊して、自由な表現をしていきたいって思ってたところ。
効率よく成長していくのは難しいかもしれないけど、悠飛と一緒にたくさん悩んで、苦しんで、高みを目指したいな!」
「いっそ、絵にこだわる必要もないんだろう。立体表現、空間表現なんかも視野に入れて、自分の可能性を広げていきたい」
「面白そうじゃない! そういうことなら、わたしを悠飛のキャンバスの一つとして扱ってもらうとかも有りね! そして、背景も整えて写真でも撮ったりすれば、それもまた一つのアート表現!」
「うん。そういうのもやってみたい」
「ただ……」
「ただ?」
「わたしとしては、やっぱり、美しさをそっちのけにするようなアートにはしてほしくないかな。
美しくなくてもアートとして素晴らしいものはたくさんあるんだろうけど、わたしが一番に感動できるのは、美しいもの。
わたし、そんなにアートに造形が深いわけでも、感性が豊かなわけでもないからさ。そんな風に思っちゃうんだよ」
「それは、俺もそうだな。俺も……まぁ、男なわけで。女性を描くなら、奇想天外なものより、単純に綺麗だったり可愛かったりする方が好みではある」
「バカ。エッチ。そういうのはアートから離れて、リアルで楽しめば良いじゃん。わたしはいつでも待ってるのに」
「いや、まぁ、うん……。ごめん?」
照れてしまう俺を見て、朱那がくすくすと笑う。
「ふふ? 冗談。自分から可愛く描いてねって言ってるのに、悠飛を責めるわけないでしょ? 楽しみにしてる。飛び切りエッチな奴を描いてもいいよ?」
「それは、どうかと……」
「前、《世界の起源》の話したじゃない? あれ、十九世紀で最も猥褻な絵画とも言われているんでしょ? なら、わたしたちで二十一世紀で最も猥褻なアートを作っちゃおうよ。わたしたちならできるって!」
「い、一体何を考えてるんだよ!?」
「とってもやらしいこと! 言っとくけど、わたし、本気だから!」
むっふー! と満面の笑みを浮かべて、朱那が俺にしなだれかかってくる。何を考えているのか……。
「あのなぁ……。朱那、恥ずかしくないのか?」
「なんで? わたしは世界で一番美しい女の子なんだよ? 胸だろうと局部だろうと、全世界にこの美しさを発信することにためらいも恥じらいもないよ!」
「……勇ましすぎる」
「まぁ、ごめんね、悠飛。わたし、一人の女の子としての全ては悠飛にあげるつもりだけど、アーティストとしてのわたしは、悠飛だけにはあげられない。
それは、許してね。わたしも、悠飛がわたし以外の女の子を描くことを許すから」
「……了解。元々、朱那を独り占めできるなんて思ってないさ」
「ありがと。わたしのあり方をわかってくれて」
「……こちらこそ、だよ」
こんな具合に俺と朱那がイチャイチャしながら話し合っていると。
「はぁー……わたしも、あんな風にドギツイくらいにイチャイチャしながら、アート活動してみたいです」
日向が深い深い溜息を吐いた。
俺は朱那だけを見るようにしていたのだが、朱那が日向に反応を返す。
「悠飛が欲しければ、まずはわたしを殺すことね。わたしが生きている間に悠飛を盗ったら、わたし、あなたを殺すから」
「うっわー、ガチめのヤンデレじゃないですか。そんな物騒な発言する人から彼氏盗ったりしませんよ。わたしは平和な恋がしたいんです」
日向がどん引きしている側で、八草が笑う気配。
「いいわね……女同士で本気の戦いをするのもそそるわ……。そんなヤンデレちゃんがいるとあえて手を出したくなっちゃう……」
「……わたしも割とぶっ飛んでる性格だって自覚してるけど、八草も相当だよね……」
朱那が呆れて溜息。俺は反応に困って固まっている。俺の踏み込めない領域で、女子二人の戦争が勃発しそうである。ちと怖い……。
おそらくこの中で最も冷静な水澄先生も、ふぅ、と軽く溜息。
「このメンツは一体どこに向かうのか……。刃傷沙汰にならなければいいのだけど……」
俺も、そう思う。
浮気とかするつもりはないから、平穏な恋愛したいものだ……。
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