第37話 会議
朱那が花染のモデルを継続的に引き受けることとなったが、花染は不満げ。
「……別に私は華月と恋愛関係になりたいわけじゃないけど、完全に引き立て役扱いなのは気に入らないな。
色葉。あんたの実力は認めている。対等以上だとも思っている。だからこそ、言わせてもらう。
色葉には、負けない」
刃のような瞳で花染が睨んで来る。日本画に描かれる幽鬼のような怜悧さ。
俺はそれを冷静に受け止めて、じっと見つめ返す。
「俺も、花染さんには負けません。そして、俺の絵で……朱那を、世界一のヌードモデルにします」
俺の宣言に、花染は苦笑する。
「世界一の定義ってなんだよ。それが曖昧だと方向性もわからないだろ」
「……確かに。具体的に言うなら、きっと、朱那の絵を史上最高額で売るとか、何かの賞を取るとかになるんでしょうけど……今は、そういう風にイメージを決めたくないです。可能性を、潰したくないので」
「……まぁいいさ。好きにしろよ。私は、華月を描いて、その絵を十億円以上で売る」
「……花染さんは、いつもお金基準で考えるんですね」
「その方がわかりやすいからな。お金に換算することで、見えなくなることもたぶんある。で
も、お金に換算することで、より目標が明確になる。これから何をするべきなのかも、イメージしやすくなる。
言っておくけど、色葉のレベルになれば、闇雲な努力は時間の浪費だ。目標を見据えて、それを達成するために何をすればいいのかを考え、トライアンドエラーを繰り返す。それが先に進む方法だ」
「……かもしれませんね」
好きなように描けばいいだけじゃない。
そうなると、俺は何をすればいいのだろうか? 今までろくに考えてこなかったから、これからとても大変だろうな。
「……ま、灯子もいるし、やる気があるならなんとかなるだろ。勝負は終わったし、私は片づけてまたギャラリーの店番する」
花染がいそいそと片づけを始める。鉛筆デッサンだけだったので、後片づけも容易だ。
俺も片づけようとしたのだが、朱那が花染に尋ねる。
「花染さん、もうしばらくここを使ってもいいですか?」
「何するんだ?」
「エッチなこと」
「却下。帰れ」
「冗談です。作戦会議です」
「……灯子が監督してるならいいんじゃないの? 好きにしなよ」
「ありがとうございます。水澄先生、作戦会議、協力してください」
「ああ、いいよ。私としても、君たちが何をするのか気になる」
「水澄先生もありがとうございます。ちなみに、八草と日向もついでにどう?」
「あら、あたしをついで扱い? それは心外。でも、面白そうだから残るわ」
「……そうですね。わたしも残ります」
俺たち五人がそれぞれ好きな席に座っていると、花染が何か眩しいものを見るかのように目を細めた。
何か言いたい様子だったが、結局何も言わずに階段を下りていった。
花染が去り、俺の隣にきた朱那を中心として、作戦会議が始まる。
「水澄先生。とりあえず、わたしと悠飛、何をすればいいでしょうか?」
「大見得切っておいて、私に丸投げかい? 私としては、あまり君たちの方向性を定めたくないのだけどね。
逆に、華月さんと色葉君は、これからどういう活動をしていこうと思うのかな?」
「昨日、カフェでも少し話しましたけど、とりあえず、わたしはただのヌードモデルじゃなくて、一人のアーティストとしても活躍できるようになりたいなって思っています。
精神的な抵抗を取り払えば、ヌードことなんて誰でもできます。誰でも出来ることをして、それを誇らしげにするのは違うのかなって思うようになりました。
ただ、具体的に何をどうすればいいのか、よくわかっていないのも事実なんですよね」
「なるほど。では、もっとたくさん悩みたまえよ。
誰かに答えを教えてもらってから行動するのと、自分で悩み苦しんだ上で行動するのとでは、結果が全く違うものになる。
後者の方が圧倒的に厚みのあるアーティストになれるだろう」
「む……そうですか。わかりました。ってことは、悠飛にもアドバイスはなしですか?」
「そうだね。君たちに協力はするけど、軽くヒントを出したり、軌道修正をしたりする程度に留めるつもりだ」
「わかりました。ある意味、それが水澄先生からの最大のアドバイスってことですね」
「うん。そう捉えてくれて構わない」
水澄先生が、朱那に向けて良い笑顔を作る。朱那の物わかりの良さに満足しているようだ。
「なら、悠飛。これは、わたしと悠飛の戦いになるね」
「うん。わかった」
「あら? せっかくあたしたちもいるのに、二人きりの世界に閉じこもるつもりなの? それはつれないんじゃない?」
口を挟んだのは八草。朱那より先に、俺が尋ねる。
「でも、これは俺と朱那の問題じゃない?」
「そうだとしても、世界一を目指すだなんて面白そうなことをしているんだもの。あたしも一緒に遊びたいわ」
「遊びたいって……。俺たち、結構真面目なんだけど?」
「あら? あたしだって本気よ? あたし、勉強はいい加減にやるけど、遊びは本気でやるタイプよ? もちろん、なんでもかんでも本気でやりちらかすわけじゃないけど、アートは本気の遊び。何かご不満?」
「……なるほど。それなら、不満はない」
本気の遊び、か。
うん、その姿勢、いいな。
結局のところ、アートは人間の遊び心の発露でもある。クソ真面目に、堅苦しく取り組んでも、きっと大事なものを見失う。
俺も八草を見習って、本気で遊ぼう。
八草に続き、日向も口を開く。
「わたしのことも除け者にしないでくださいよ? 世界一を目指すなんて馬鹿げたことを本気でやるなんて、最高に楽しそうじゃないですか!
高校生活なんて、あってもなくても変わんないような時間が過ぎるだけかと思ってましたけど、なんだかわくわくしてきました! わたしも一緒に遊ばせてください!」
「……そっか。まぁ、一緒に遊びたいっていうなら、それもいいか。ね、朱那?」
「えー? わたし、二人きりの世界でどこまでも堕ちていきたかったんだけどなー」
「……それは俺が嫌だよ。っていうか、そんなの朱那には似合わないよ」
「ま、仕方ない。わたしと悠飛だけじゃ、たぶんすぐに行き詰まるもんね」
朱那は勢いのある人だけど、状況を冷静に見る力も持っている。俺と二人きりにこだわらなくて良かった。
「今のところ、華月は可愛いだけだし、色葉は絵が上手いだけ。水澄先生は見守るスタンスだし、明確な答えを出せずとも、頭脳役は必要。あたしがこのチームをひっかき回してあげる」
八草の言葉に、急に不安になる。本当に、八草を仲間に加えて良かったのか?
「お手柔らかに……」
「嫌よ。全力でめちゃくちゃにするわ」
「……了解」
「大丈夫。わたしと悠飛がいるもん。異端者が一人紛れ込んだって、全然平気」
朱那は自信満々で、さらに俺にぴたりと体を寄せてくる。うん、なんか、大丈夫な気がしてきた。
「……皆さん本気みたいなんで、わたしもそろそろちゃんと自己紹介します。わたし、ネット界隈では『贋作師』とも呼ばれるくらい、他人の絵を真似するのが得意です」
日向の打ち明けに、他のメンツがきょとんとする。
「え? 『贋作師』? なんかいかがわしい響き?」
俺の問いに、日向は苦笑。
「いかがわしい響きですけど、わたしは正義の『贋作師』なのでご安心を。要するに、誰かの絵柄を真似して、本人そっくりの絵を描くのが得意なので、まるで本人が描いたかのような作品を作れるんです。そいうですね……こんな感じです」
日向がスマホを取り出し、イラスト画像を表示する。色々なイラストレーター、本人が描いたと思わせるようなイラストばかりで、度肝抜かれた。
「色葉先輩はそんなに驚くことじゃないと思いますけど? 先日、色葉先輩にはお見せしていたではありませんか。華月先輩の絵に背景を描き加えましたけど、特に違和感なかったでしょう?
ぶっちゃけ色葉先輩は人物以外は少し下手なので、わたしが協力するとより良い絵が描けますよ。まぁ、合作を許容してくだされば、ですけどね」
……日向のこと、俺はかなり見くびっていたようだ。ちょっとイラストを描くのが得意という程度だと思っていたが、ちょっとどころではなかった。
「わたしだって、ただ皆さんの後を追いかけるだけで終わらせるつもりはありません。わたしも協力しますから、この遊び、盛り上げていきましょう」
日向の不敵な笑み。
この四人、そして水澄先生と花染が集まったら、何かしら大きなこともできそうな気がしてきた。
少なくとも、俺と朱那の二人でやるよりは、ずっと大きなことが。
これから、俺たちに何が出来るのか?
今までで一番、わくわくしてきた。
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