第24話 売り方
「俺が描いた絵だったら、か」
自分の絵が、この展示会場に飾られている姿を想像する。
俺の主観で言えば、もちろん猫の写真より遥かに魅力的。しかし、俺の絵を見てどれだけの人が集まるかというと……あまり自信はない。
「……朱那の写真を展示するより、人が来ないかもしれないな」
「なんで? 悠飛、自分の絵にそんなに自信ないの?」
「絵には自信がある。でも、日本において、絵を見る人がどれだけいるのかが疑問。変に敷居が高いように感じて、近寄ろうとしないんじゃないかな……。イラストにするとまた別かもしれないけど……」
大多数の日本人には、絵画を見る習慣なんてないように思う。身近に感じるイラストが展示されていれば人も集まりそうだが、俺が主に描くのは絵画系。どれだけ質が高くても、集まる人は限られるだろう。
「んー、確かにそれは少しあるかもね。親しみやすさでいうと、イラスト、写真、絵画の順番になっちゃうかも」
「あえて気安いイラスト調にするとか、写実的に描いて技術を評価してもらうのはありかもしれない」
「でも、それだと悠飛の描く絵の良さ、全部は表現し切れないと思う。気安い雰囲気で描くのも、写実的に描くのも、やっぱり違うなって思っちゃう」
「それでも、見る人にいいと思ってもらわないと意味がないさ。絵だけの話じゃないけど、独りよがりじゃ上手くいかない」
「うーん……。難しいなぁ……。良いものを描いていれば自動的に良い評価を得られて、有名になれればいいのに」
「そんなに単純じゃないから、アーティストは苦労していると思う」
実力はあるのに、あまり評価されないアーティストは無数にいるだろう。
俺もその一人になるのか、どうか……。
そんな未来も決してありえないことではない……と少し不安になっていると、朱那が不敵に笑いながら問いかけてくる。
「……わたしたち、無名のまま終わっちゃうと思う?」
そんなつもりはさらさらないと、その笑みと強い瞳が物語っている。
軽い不安なんて、さっと吹き飛ばしてくれる。
「……俺も詳しくはないけど、こういうのは戦略なんだろう。ただ漫然と絵を描くだけじゃなく、その売り出し方をきちんと考える必要がある。
売り出し方が格別に上手いアーティストの代表は、やっぱりバンクシーなのかな。世界的に有名で、さらにその作品が高額で取り引きされるのも、売り出し方が世界トップレベルで上手かったからだって聞いたことがある」
日本においても、バンクシーの名前を知らない人はもうほとんどいないと思う。
色々と有名な作品があるけれど、《花束を投げる男》が特に知られているだろうか。あるいは、オークション落札後に断裁された《風船と少女》も特に取り上げられていた記憶がある。他に落書きアートも知られており、東京にも傘を差すネズミの落書きが出現した。
いつ頃から世界的に有名になったのかになどついては、俺はよく知らない。ただ、バンクシーの作品自体が特別に美しいわけでも、技術的に優れているわけでもないのは、俺でもわかる。
それでも、今や世界的に有名なアーティストなのは間違いないし、作品も高額で取り引きされている。
「バンクシーは、作品がいいんじゃなくて、売り出し方が上手いだけってこと?」
「だけ、とまでは言わない。ただ、確かに作品自体にそんなに価値はないと思う。特に、落書き作品はシルクスクリーン……つまりは、型紙を使って、スプレーで吹き付けるだけ。技術的に優れた絵っていうわけでもない。
メッセージとしても、ラブアンドピースを訴えるくらい。現代アートとしての価値もあるらしいけど、全ての作品に革新的な価値があるわけじゃないはず。
やっぱり、売り出し方がものすごく上手いっていうのが、バンクシーを世界的に有名にしたんだと思う」
「……うーん、悩ましいけど、今ってそういうのが一番大事かもしれないね。作品の質を良くするだけじゃなくて、どう売り出すかが成功の鍵」
「ある意味、バンクシーのような方法でアート作品を売り出していくこと自体が、革新的なアートなのかなとも思う」
「……かもね。わたしたちはどうやればバンクシーに追いつけるのか……。戦略もわかんないし、メッセージ性ってのもピンと来ない。ラブアンドピースを訴えるだけじゃダメだもんね……」
「俺たちの絵に、どうやってもラブアンドピースの意味は込められないと思うよ?」
朱那はヌードを売りにしたいというのだから、ラブアンドピースを謳っても、性的なニュアンスが強めに出ていまいそう。
「わかってる。わたしも、自分がラブアンドピースを訴えるのは違うなって思う。
わたしは戦争を経験して辛い目にあったわけでもなく、本心からラブアンドピースを願うわけでもない。有名になるためだけにそれを利用するのは恥ずかしいことだとも思う」
「うん。俺もそう思う」
「わたしなら何をメッセージとして織り込めるのか……。難しいなぁ。わたしが世界に訴えたいことって、何だろう?」
「……焦らず考えていくしかないさ」
「そだね。ってか、ごめんね。せっかくのデート中にこんな真面目な話をしちゃって」
「謝ることじゃないさ。それより、そろそろ次に行こうか?」
「ん。ごめんね、早くしたくてうずうずしてたのに、長話しちゃって」
「今日は元々そういうことをしようとは思ってなかったから大丈夫だ」
「またまたぁ、そう言って、実は期待してたんでしょ? 無理矢理ホテルに連れ込んでほしかったんでしょ?」
「だから、そんなことないってば……」
「本当かなー?」
切り替えの早い朱那は、意味深な笑みを浮かべて俺の手を胸元に持って行く。
膨らみに触れるか触れないかのところで俺の手をさすりつつ、舌を一瞬ぺろりと出した。
「わたしの前では、我慢しなくていいんだよ?」
「我慢とかじゃないから! ほら! 次はアートフェアに行くんだろ!?」
朱那の手を掴んで、強引に引っ張っていく。朱那はあははと愉快そうに笑いながら、俺に大人しくついてくる。
「悠飛がわたしを引っ張ってくれるなんて、もしかして初めて?」
「……そうだっけ?」
「いつもわたしが悠飛を引っ張り回してる感じだもんね。ふふーん、ようやく彼氏としての自覚が出てきたわけね?」
「そういうわけでは……」
「そういうわけなの! わたしはリードされるよりリードしたいタイプだけど、こういうのもいいね!」
「……はいはい」
「次はキスでもリードしてほしいな。いつもわたしからいってるからさ」
「……まぁ、うん」
「もー、ノリが悪いんだから! でも好き!」
「……ありがと」
他人が聞いている中でよくそんなに堂々と好意を伝えられるものだ。
俺には真似できそうにない。
「これはこれで相性がいいのかもね? どっちもリードしたいタイプだったら喧嘩になっちゃう。
リードは任せておいて! 悠飛はわたしについてくれば大丈夫!」
「ずっとそれでいいとは、俺も思ってないけどな」
俺にも、多少は男の
今は流されっぱなしでも、いつかは……。
「ふふん? 悠飛が将来どんな男の子になるのか、楽しみにしてるよ。ゆっくり成長してくれたまえ」
「はいはい」
将来、自分はどんな大人になれるのか? 朱那程にエネルギッシュでなくても、少しは見栄えのする大人になりたいものだ……。
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