第23話 猫写真展
都心駅近くの映画館に赴き、話題になっている恋愛もののアニメ映画を観た。
映画を観ている間、朱那はずっと俺の手を握っていたし、概ね俺の肩に頭を乗せていた。その姿勢だと観にくいのではないかと指摘もしたのだが、朱那はその姿勢を継続。
「なるべくくっついていたいじゃん?」
などと軽やかに言うものだから、俺もそれを受け入れる他なかった。もちろん嫌ではなかったし、密かにドキドキしていたのは事実だ。
映画が終わったら、近くの喫茶店で食事をした。高校生からすると少々雰囲気の良すぎるお店で緊張もしたけれど、特別感は味わえた。クロックムッシュなどの食事も美味しかったし、映画の感想を言い合うのも楽しく、良い時間を過ごせた。
この後はアートフェアに行こうという話になっていたのだけれど、たまたま近くの商業施設で猫の写真展が開催されていたので、それを覗き見することに。
「朱那は、犬か猫なら、猫派?」
展示会場は八階。エスカレーターで上階に向かいながら尋ねた。
「わたしは犬も猫も好き。犬も猫も可愛いのに、どっちかを選ぶ必要なんてないと思うの」
「それはまぁ、確かに」
「悠飛は、どっちがいいとかあるの?」
「俺は、どっちかというと猫の方が好きかな」
「わかった。なら、次は猫耳メイドでご奉仕してあげる。もちろん、エッチな奴ね」
「次は、ってなんだよ。前回はどこ行った」
「え? あれって寝たふりしてただけじゃないの?」
「……はい?」
朱那は何の話をしているのだろうか。寝たふり? ということは、俺が寝ている間に何かした? 俺が朱那の前で寝ているのは、朱那が朝起こしに来るときくらいのもので……。
「え?」
「ん?」
惚ける俺に、にんまりと意味深に微笑む朱那。
「……朱那、俺が寝てる間に何かしたのか?」
「んふふ? ひ、み、つっ」
何をされたのか、されていないのか。
これ以上考えるのは良くないような気がする。なんとなく予想がつくけれど、きっと俺は何もされていない。朱那は思わせぶりなことを言って俺を驚かせているだけさ。
そんな話をしていると、猫の写真展をしている一角に到着。
入場料は不要で、展示されている猫の写真を自由に見て回ることができる。入場料がかからない代わり、グッズや写真集の物販が充実していて、そちらで儲けているみたいだ。
客も多く、教室の半分くらいの空間に、男女問わず三十人程が歩き回っている。
「猫って反則的に可愛いいよね! わたしには及ばないけど!」
写真を眺めながら、人目も気にせず朱那はナルシスト全開の発言。
「そりゃ、朱那と比べたら猫が可愛そうだろ」
朱那を後押しするわけじゃないが、単に俺は猫より女の子の方が好きなので、思ったことを述べた。
すると、朱那が一瞬きょとんとして、それから頬を緩ませる。
「流石悠飛、わかってるじゃない!」
「ん? 何が?」
「こういうこと言うと、普通の人って白けるじゃん? でも、悠飛はすんなりと肯定してくれた。それが嬉しいの!」
朱那は、自身が重度のナルシストであることを誰彼構わず打ち明けているわけじゃない。
日本においてナルシストは嫌われやすい。朱那もそれは心得ているので、余計な敵を作らないためにも、空気を読んで振る舞っている。
そして、それが朱那にとって窮屈であることも、俺は聞かされている。
俺が朱那の性質を受け止めて肯定することで、朱那が少しでもその息苦しさを解消してくれるなら、俺としても嬉しいことだ。
「朱那が可愛いのは事実だよ。勝負させるなら天使か女神か……。それでも朱那が勝つかな」
「えへへ。もっと褒めてー」
朱那が猫みたいに俺に頭を擦り付けてくる。周りの人には大変ご迷惑をおかけしているバカップルである。
見る分にはいらつくかもしれないが、やっているこっちは結構楽しい。申し訳ないことに。
……まだ恋人関係ではないはずなんだけどなぁ。
そんなことを思っているのはたぶん世界中で俺だけであり、もはや省みる価値のない心情かもしれない。
ただ、改めて「恋人になろう」とか言っても、「今更何言ってるの?」と呆れられそう。このままなし崩し的に恋人関係が成立するのかな。気づいたら結婚してそう。それはないか。
「朱那より可愛い人も、美しい人も、この世界に存在しないさ」
「本当にそう思ってるー?」
「ほんとほんと」
「あ、なんか適当な雰囲気になった。心が籠もってなーい」
「そう? 当然のことすぎて、あえて熱を込めて言う気力も沸かなかった」
「んもう! またそういう嬉しいこと言う! あと百回くらい言って!」
「それはしんどいな……」
バカップルオーラを惜しみなく垂れ流し、周囲を存分に呆れさせていると、展示も一通り見終わる。
そして、ふぅー、と軽く息を吐いてから、気分を入れ替えたらしい朱那が真剣な顔で問いかけてくる。
「あのさ。もしここに並んでるのがわたしの写真だったら、どれくらいの人が集まると思う?」
「それは着衣? ヌード?」
「んー、とりあえず着衣」
脳内で、並んでいる写真を朱那の着衣写真に切り替える。
これはこれでとても素晴らしい。俺としては、猫よりこちらの方が好きだ。
「……まず、客層は大きく変わるだろうね。今は客層が広いけど、主に高校生以上の男性になるかな。数は……上手く宣伝すれば、今以上の人は来るはず」
「それは、人が殺到して入場規制がかかるくらい?」
「……そこまではならないだろうな。可愛い女の子の写真が飾ってあるだけじゃ、現代人はわざわざ集まってこない」
「そっか。それは、悔しいな」
朱那が、心底悔しそうに展示会場内を睨む。
「仕方ないよ。何の肩書きも知名度もないんじゃ、人が殺到することはない」
「わたしがアイドル活動でもしてたら話は変わるかな?」
「うん。そういう肩書きと知名度があれば、話は変わるはず」
「そうだよねぇ……。じゃあ、ヌードだったら?」
「日本でそういう展示ができるかを別とすれば……着衣より人は集まると思う。でも、今の時代ってヌード写真もネットで簡単に検索できるわけだし、人が殺到することはない気がする」
「……なるほど。やっぱりそうかぁ。ん、わかった。正直に言ってくれてありがとう」
「……俺からすれば、ものすごく価値のある展示になるんだけどね」
「今度、悠飛の部屋をわたしの写真で一杯にしてあげるね」
「おお、ありがとう。それは嬉しい」
朱那がニッと笑い、それから、もう一つの質問を投げかけてくる。
「展示されているのが、悠飛が描いたわたしの絵だったら、どれくらい人が集まると思う?」
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