第45話 噂の真相

「実はね、マクギニス嬢に折り入って頼みたいことがあるの」


 ドリス王女は再び私の腕を取る。まるでおねだりをするような仕草に、私は嫌な予感がした。

 すると、私の表情を読み取ったのか、ヴェルナー殿下が優しく語りかける。


「ドリス。それは言わない約束だったじゃないか。ほら、マクギニス嬢が困っている」

「まだ中身まで言っていませんわ。それにこんな機会でもないと、マクギニス嬢とお話なんてできないんですよ。いいじゃないですか」

「まぁ、カーティスがあの状態だからね」

「え?」


 そういえば、あれから反応がないのを思い出し、私は視線を右隣へ向けた。


「あの、カーティス様?」


 突き飛ばされ、私に睨まれたカーティス様は……何故か長椅子の端でいじけていたのだ。それも大きな体を肘掛けに寄りかからせて。


 えっ? そんなにショックだったの?


 一度だけ私の呼びかけに振り返ったが、またそっぽを向かれてしまった。さらにカーティス様からは、あるはずのない犬耳と黒い尻尾が見える。

 けれど、何故だろう。その耳は垂れ下がっているのにもかかわらず、尻尾は嬉しそうに揺れている。そんな幻覚が見えたのだ。


「その、そんな噂になっていることを私、知らなくて。だから……!」

「他のこともか?」

「他、の?」


 まだ他にもあるのかな、と思っていると、ドリス王女が乗りかかるようにして密着してきた。


「もしかして、私のこと? それとも、随分前にあったカーティスの?」

「……両方です」


 カーティス様のか細い声に、思わず背中を擦った。


「それなら知らないままの方がいいね。ややこしくなるから」

「いいえ、お兄様。私は誤解されたくありません」

「しかしなぁ」

「大丈夫ですわ。今の私は誰も好きでもありませんし、カーティスだってこの通りなんですから。マクギニス嬢が変に誤解しないと思うんです。逆に隠し立てする方が誤解を生みやすい。違います?」


 ヴェルナー殿下に向かって、正論でまくし立てるドリス王女。その姿を見て、ふと違和感を覚えた。

 そう、ドリス王女は可愛らしい見た目通り、幼稚な方だったのでは? 私に接する姿はまさに、その噂通り。でも――……。


「あの、ドリス王女様の噂とは、何でしょうか。色々あるので、どちらを仰っているのか。見当がつかないんです」

「あぁ、そうね。もしかして、マクギニス嬢が知っているのは、外交用の噂かしら?」

「外交用?」

「えぇ。実はね。政治の道具にされたくないから、おバカな王女を演じているの。そうすれば、国の恥さらしに等しいから、他国に嫁がせようなんて思わないでしょう?」


 つまり、国政に興味がなく、幼稚に振る舞っていたのは、演技だったってこと?


「こらこら、最近はどっちが演技か分からないくらい、おバカになりつつあるのを自覚しているかい」

「だって、もう五年は経っているんですから、板に着いてしまうのも仕方がありませんわ」

「……ですが、外だけではなく、国内にもその噂は浸透しています。ドリス王女様はよろしいんですか?」

「う~ん。まぁ、ローマンみたいに真に受けて、舐めた態度を取る者もいるから、多少は不便ではあるわ。でも、私はこの国が好きだから」


 政治の道具として、他国に嫁ぎたくない気持ち。その立場にいない身でも、分かるような気がした。


「ドリス王女様が先ほど仰っていたのは、その噂とは違うんですよね」

「えぇ、そうよ」


 その返事に、何故かカーティス様が反応した。さすがに王族の発言を遮るわけにはいかず、堪えているようだった。


「マクギニス嬢。怒らないでね。実は私ね。一年前くらいまで、カーティスのことが好きだったの」

「え? ドリス王女様がカーティス様、を?」


 驚きのあまり、左右を交互に見てしまった。


「でもね。今は違うから、安心して。後でマクギニス嬢の耳に入って、嫌われたくないから話しただけなの」

「そうですか……。あっ、ではカーティス様の噂というのは?」

「ルフィナ、それは――……」

「カーティスは黙っていて。マクギニス嬢への恋慕よ」


 恋、慕?


「つまり、どういうことですか?」

「ふふふっ。相変わらず、面白い反応をするのね、マクギニス嬢は。ある頃から、カーティスに好きな人ができたのではないか、という噂が流れ始めたのよ」

「それでちょっと調べてみたら、マクギニス嬢だった、というわけさ」


 ドリス王女とヴェルナー殿下の言葉に、私は呆気に取られた。


 ある頃からって、いつかも定かじゃないの? えぇぇ。つまり、結構前から想われていたってこと?


 思わず私はカーティス様の方を向いた。すると、バツが悪そうな顔をしながらも、カーティス様は視線を逸らさなかった。

 まるで、分かってくれたか? とでも言っているように見えて、逆に私から逸らした。恥ずかしくて……。


「だから私は諦めたの。相手がマクギニス嬢なら仕方がないもの」

「り、理由になっていません。私よりもドリス王女様は可愛らしくて、地位もあります。諦める必要なんて――……」

「あるわ。素敵な殿方は沢山いるけれど、私が欲しいものをくれるのは、マクギニス嬢だけだもの」

「……それが、ドリス王女様の仰る『頼みたいこと』ですか?」

「えぇ。分かってくれて嬉しいわ、マクギニス嬢」


 満面の笑みで応えるドリス王女を前にして、私は冷や汗を垂らした。


 これで『頼みたいこと』を聞かなかったら、どうなるんだろう。ドリス王女の素顔を知っただけに怖かった。

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