第17話 本当の意味での仲直り

 近衛騎士団長、カーティス・グルーバー侯爵様。

 加えて、ヴェルナー王子殿下の側近でもある。


 改めて見ると、凄い肩書きだわ。それなのに、婚約者はいない、と。


 いやいや、何を期待しているの。皆がおかしなことを言うから、変なことを考えてしまったわ。


 私はあれから、ピナを連れて自分の部屋がある棟へ帰った。

 シーラとイダの気配のしない棟は、やはり居心地がいい。


 ピナもそれを感じ取ったのか、棟に入った途端、私の腕から抜け出すように、空へ向かって飛んでいった。

 普通の猫ならば、床に着地するところを。


 伸び伸びと自由に飛び回るピナを他所に、私は一人、部屋の中に入る。

 すると扉の近くにあった大きな箱が、まるで自身をアピールしているかのように、私の足に当たった。


「わわわっ!」


 強い痛みは感じなかった。ただ、そこに物が置いてあることを、すっかり忘れていたのだろう。

 勢いのままに、片足でトントンと移動して、ベッドに倒れ込んだ。


 何という間抜け……。クラリッサに開ける時は呼んでほしいと、言われていたのに忘れるだなんて……。


 私はベッドに座り直してから、その大きな箱に視線を向けた。

 グルーバー侯爵邸から馬車で、我がマクギニス伯爵邸にやってきた、仮面舞踏会用のドレス一式。


『騎士団長には似つかわしくない、宝石店やらブディックの店員が出入りしているという。しかも、若者向けだ』


 お母様の言葉が脳裏に浮かんだ。

 あの時はすぐに怖いと思った。会ったこともない相手に、潜入調査とはいえ、ドレスなど送るだろうかと。


『何も知らなければ、グルーバー侯爵にもようやく春が来たのかと思うだろうさ』


「っ!」


 思わず『春』という言葉に、反応してしまった。お陰で頭を振っても、手で振り払っても、脳にこびりついて離れない。


「ルフィナ~。大丈夫~」


 再びベッドにうつ伏せになると、頭上から声をかけられた。

 バッと起き上がり、ピナを睨む。


「もう! 誰のせいよ!」

「だってルフィナが~」

「待って! それ以上言わないで!」


 私以上に、自分の感情を知っているピナに言われるのは危険だ。

 すでに頭の中、パニックになっているのに。追い打ちをかけられたら……!


「ダメ! 絶対に……お願いだから」

「大丈夫だよ~。ルフィナが嫌がることはしないよ~」

「嘘。したじゃない、今日」

「あれは~。……つい、嬉しくて~。だから、ごめんよ~」


 そうか。私も初めてのことだから分からなかった。ピナにとって“お相手”が定まるのは、嬉しいことなのか。


 憑いている猫が定める“お相手”とは、その名の通り、結婚相手。

 生涯のパートナーを意味する。


 だから私だけでなく、ピナも認めた相手、というのが理想……なんだけど。

 先にピナが認めた場合、私の気持ちは?


 私は……。


『だからお姉様は、ゆっくりと気持ちの整理をつけながら、お仕事の方に専念なさってください』


 そうだ。カーティス様のお気持ちだって分からないのに、私自身が“お相手”と決めつけるのは烏滸おこがましい。

 ううん。失礼に値するわ。


 とはいえ、ピナを否定することだって、絶対にしたくない。だから、クラリッサの言葉が一番正しい。


 まずは、気持ちに向き合うところから始めよう。

 そうしなければ、今度カーティス様にお会いした時、私は逃げてしまうだろう。それも、かなりの確率で。

 すると、仕事に支障が出て、お母様の雷を受けることに……!


 私はピナに向かって手を伸ばし、抱き寄せた。


「ルフィナ~」

「私の方こそ、ごめんね。ピナの嬉しい気持ちは、十分に伝わってきたのに、それを怒って」

「認めたくない~?」


 カーティス様に抱き始めた感情に?


「分からない」

「嫌い~?」

「ううん。そもそも嫌いというより、苦手意識が先走っていたから……」


 初めから“嫌い”ではない。


「……好き~?」

「っ! ひ、一人の人間としては……そう、かも」

「ルフィナの“相手”は、ダメ~?」

「……分からない。それにカーティス様のお気持ちだって」


 ここまで周りを巻き込んで否定されるのは辛い。だから防波堤を張らせて。

 言い訳を用意しておきたかった。


「大丈夫だよ、ルフィナ~。なんたって、僕が認めたんだから~」

「で、でも……」

「僕の幸せは、ルフィナの幸せだよ~」

「ありがとう、ピナ」


 でも、まだ保留にしておいて、とは言い辛かった。


 だから私は、ピナの頭を撫でながら、そっと胸に仕舞い込むことにした。

 どこまでも私に寄り添う、可愛い白猫のために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る