第18話 楽しい試着?

 妹は可愛い。

 ドリス王女を心配するヴェルナー殿下の気持ちが分かるほどに。


 だから今回だけは許して、クラリッサ。貴女をダシに、あの箱を開けることを……。


「まぁ、いよいよ開けるんですね。それも今日!」


 目を輝かせながら、はしゃぐクラリッサ。

 もうその姿を見ているだけで十分だわ。箱を開けなくても、いいんじゃないかしら、と思ってしまうほどに。


 けれど、そういうわけにはいかない。

 何故なら箱というのは、昨日から扉の近くにある、あの“箱”だからだ。


 仮面舞踏会は来週。

 手直しのことも考えると、すぐに試着をする必要がある。それは分かっているんだけど……。


「お姉様。早く開けてくださいませ!」

「ふふふっ。先に開けていいわよ」


 私はその後でいい。そう暗に伝えると、椅子に座る私の元へ、ずかずかと歩み寄った。


「ダメです。こういうものは、受け取ったお姉様が最初に開けるべきもの。違いますか?」

「怒らないで、クラリッサ。可愛い顔が台無しよ」

「誤魔化さないでください」

「……はい」


 クラリッサは私の一つ下、十八歳だ。

 私と母のような水色の髪ではなく、オレンジ色の髪。幼い頃に亡くなった、お父様の色と華やかな面影を引き継いでいる。


 それもあって、私とお母様は自然とクラリッサに甘く接してしまうのだ。けれど、当のクラリッサは我が儘娘になるどころか、こうして叱咤してくれる、優しい子に育ってくれた。


 これは偏に、イダのお陰だろう。

 一緒に笑って泣いて、怒ってくれる存在がいるだけで、心を豊かにしてくれる。私にとってピナが傍にいてくれたのと同じように。

 それは人でなくてもいいのだ。どんな存在でも常に傍にいてくれて、味方であること。それで十分なのだから。


「お姉様」


 思いにふけっていると、クラリッサに腕を引かれた。私は催促されるままに立ち上がり、箱の前に立つ。


 クラリッサが私の背後で、今か今かという顔をしていることだろう。見なくても、こればかりは分かる。

 ここは姉として、妹の期待に答えなければ!


 私は意を決して、箱を開けた。


「まぁ!」


 あっ、という私の声は、クラリッサの歓喜の声に消えた。


 目の前に広がるのは、美しい紫色のドレス。肩紐付きのビスチェドレスで、胸元に刺繍が施されていた。


 これは、動き易さを考慮してくれたのよね、多分。


 広げてみると、スカートの部分はAライン。裾に向かってスパンコールが散りばめられているため、キラキラと光っていた。


 宝石でないのは、潜入調査のためだろう。無難なチョイスに私は安堵した。


 でも、動き回るのなら、胸元が開いていない方がありがたいんだけど……。


「お姉様。他の箱も開けてくださいませ」

「そ、そうね。アクセサリーとかも確認しないと」


 仮面舞踏会は華やかな場所だと聞く。

 そんな場所にアクセサリーを付けないで行くのは、逆に目立ってしまうことだろう。


「イヤリングにネックレス。髪飾りもある」

「仮面も忘れてはいけませんわ」

「そうね。あと、これは何が入っているのかしら」


 小物類の箱の他に、もう一つ箱があった。開けてみると、青い――……。


「ケープですね」

「えぇ」


 それも、鎖骨辺りで留め金ができるスタイルのケープだった。


 胸元が気になっていたから、これは助かる。しかも、レースだからあまり重く感じることはない。


「あっ、でもアクセサリーが付けられるかしら」

「試着した時に、確認してみたらどうですか? レースに引っ掛かるようでしたら、その時はまた考えてみるということで」

「そうね。そのための試着でもあるのだから」

「はい」


 クラリッサの素直な返事に、私は満足して立ち上がった。ブラウスのボタンを外し、スカートも脱ぐ。

 するとクラリッサは、廊下で待機していたメイドたちを中へ入れ、準備が始まった。


「ルフィナお嬢様、如何ですか? ウエストを詰めた方が、よろしいかと思うのですが」

「このままでも平気だけど、やっぱり見た目が悪いかしら」

「はい。機能性を重視するにしても、体に合わせた方が無難かと」

「……そうね。普通の舞踏会とは違うとはいえ、一度くらいダンスは踊るものだから」


 お相手は勿論、エスコート役のカーティス様になるだろう。他の方とも踊るかもしれない。


「まぁまぁ、それは楽しみですわね、お姉様」

「……私は遊びに行くわけではないのよ」

「分かっていますよ、勿論」


 クラリッサの意味ありげな笑みに、私は複雑な心境になった。


 そんなんじゃないのに……。

 初めてのダンスはやはり失敗したくないし、下手だと思われるのはもっと嫌だから。ただそれだけの理由。


 そう、それだけの理由なのよ。


「でも、昔からお姉様には紫色が似合うと思っていたんです。それを騎士団長様は理解なさってくれていて、安堵しました」

「嫌いな色ではないけれど、大人っぽい色だから」


 あまり選ばないようにしていた。元々、猫憑きということで、他の令嬢たちは積極的に近づかない。


 加えて、大人っぽさは変な疑いをかけられる材料にもなる。

 たとえば、どこかの令息を狙っている、とか。そういう恋愛事情に巻き込まれる可能性があるからだ。


 逆に子供っぽい格好はバカにされやすい。面倒臭いこと、この上ないのだ。


「けれど、仮面舞踏会にはピッタリですわ。お姉様だとバレるわけにはいきませんもの。あと、皆さん素性を隠しているからでしょうか、大胆な衣装が多いようです」

「あら、もう調べてくれたの?」

「まだ表面上だけで、詳細までは……」


 口籠り、困った表情をするクラリッサ。思わず手を伸ばし、頭を撫でた。


 もしかしたら、クラリッサも仮面舞踏会に興味を持ったのかもしれない。依頼主がカーティス様だから、というのも考えられる。


 いや、そういうのは止そう。

 様々な動機を予測したが、結局のところ、クラリッサが私を心配してくれたことに変わりないのだから。

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