第19話 打ち合わせという名の……

 そうして、あっという間に仮面舞踏会の日がやってきた――……。


 といいたいところだが、その前にやることがある。

 そう打ち合わせだ。勿論、相手はカーティス様。


 情報の共有は白猫を通してでもできる。が、さすがにそれだけで、本番を迎えるのは無謀だということくらい、私も理解している。だから仮面舞踏会の二日前に当たる今日、会うことになったのだ。


 場所はグルーバー侯爵邸……ではなく、首都にあるカフェ。

 理由は、社交の場で突然、エスコートをすると、変に勘繰られてしまうからというもの。その前に二人でいるところを周りに見せてはどうだろう、かと提案されたのだ。


 なるほど、一理ある、とその時は納得したのだけれど……。


「あ、あの……やはりこのような場所で、話す話題ではないと思うのですが」


 周りにいる同世代の女性たちの視線が痛い……。

 カーティス様は、気にも止めない様子だった。


 確かに見せつけるのが目的だけど、色々おかしくない!?


 まずはこのカフェへ来るまでの道のりだ。

 舞踏会でのエスコートの練習だと言われて、カーティス様の腕を組むように要求され。

 今度は、ドレスのお礼と共に、アクセサリーを身につけられない事情を話すと、突然、宝石店に連れて行かれ、ブローチをプレゼントされてしまったのだ。


 そ、そんなつもりで言ったのではありません!


「いや、却ってこういう場所の方が、怪しまれない」

「そういうものですか」


 一応、同意してみたものの、内心は驚いていた。

 何せ、カーティス様がこんなにも話の通じない人だとは思わなかったからだ。


 それとも、私が一般世間を知らないだけ? これが常識なの?


「ルフィナ嬢」

「は、はい。何でしょう」

「こういう場所は嫌か?」


 は?


「いえ、そんなことはないです」


 むしろ、嬉しかった。こういうお洒落なカフェには憧れていたから。


 入店を断られたことはないけれど、自然と私が入ってはいけないような気がして、なかなか足が向かなかったのだ。


「ただ場違いといいますか。私が入って良かったのかと、思っただけなんです」

「何故だ? この店の雰囲気が合わないのなら仕方がないが」

「この店“の”、ではなく、“に”です。その、私はあそこにいる令嬢たちとは、違いますから」


 何が? と首を傾げるカーティス様を見て、私は俯いた。


 どうして、今日は話が噛み合わないんだろう、と疑念が次から次へと浮かんでくる。


 お仕事の話をしていないから? そういう話ではないと、一般の人と会話ができないの? 私が猫憑きだから……。


「なるほど。確かに違うな」


 カーティス様の言葉に、私は体に力を入れた。

 そうでないと、ビクッと跳ねてしまいそうだったからだ。


「俺にはルフィナ嬢が一番……可愛く見える」

「え?」

「いや、綺麗と言うべきか……」


 予想外の言葉。言い換えられた言葉に、どう返事をしていいのか分からず、私はそっと顔を上げた。

 するとそこには、片手で口元を隠すカーティス様の姿があった。私以上に照れている。


 それなら、言わなければいいのに、と思わず笑みが零れた。


「すまない。俺もこういう場は慣れていないんだ」

「ふふふ。そのようですね。ならば、何故このような場所を?」


 改めて尋ねてみた。


「ここなら、ルフィナ嬢も気兼ねしないで済むと思ったんだ。こないだは……初対面ということもあって、緊張していたようだったからな」

「あれは……その……」


 違うんです、と言おうとしたが、声に出すのがはばかられた。


 何故なら、理由が『忠犬』

 犬でもない相手に対して、苦手意識を勝手にした、なんて知られたら、顔から火が出てしまうほど恥ずかしい。


 しかも、ここはカフェ。グルーバー侯爵邸ではない。失態を犯せば、カーティス様にまで迷惑がかかってしまう。

 いや、すでに失礼を欠いている状態だ。

 どうつくろっても、無駄な行為にも取れた。


 そんな私の悩んでいる姿に、カーティス様は肯定と捉えたのか、話を進めてくれた。


「大丈夫だ。慣れない場所は俺も緊張する。そんな俺を見ていれば、多少はしなくなるだろう。ほら、緊張している人間が近くにいると、逆に緊張しなくなる、という話があるくらいだ」

「迷信ですが、私も聞いたことがあります。確か、自分の代わりに緊張してくれているように見えるから、という理由でしたっけ」

「理屈はよく分からないが、そうらしいな」


 カーティス様の微笑みに、私もつられて笑った。


 あぁ、その通りかもしれない。今の私は、誰がどう見ても緊張しているようには見えないだろう。

 カーティス様の心遣いに感謝をしながら、話を切り出した。


「さすがは近衛騎士団長様ですね。王子殿下だけではなく、騎士の方々から信頼されているだけのことはあります。が、私に護衛はいりません。街中でしたら、猫たちが目を光らせてくれますから」

「っ! やはり気づいていたか」

「勿論です。街を歩いている時など違和感はないので、パトロールのついでだと思うでしょう。けれど、このカフェにまで騎士の方々が入られているのは、明らかに不自然ですから」


 傍にいなくても私とピナは常に繋がっている。

 故に先日、あのような惨事さんじが起きたのだ。


 そもそも伯爵令嬢の私が、お供も連れずにモディカ公園に行ったのがいい証拠だ。

 街中にいる猫たちが、私の周りをうろつく不審者を教えてくれる。

 変な動きを見せれば、集団で襲う……らしい。

 逆に危険な目に遭いそうなので、心配だけど。どうやらそこら辺の匙加減さじかげんはピナがしているのか、そういう事例はない。


「ルフィナ嬢に隠し事はできないようだな。実は今日の打ち合わせは、事前にルフィナ嬢のことを部下たちに認識させるのも、目的の一つだったんだ」

「あっ、そうですね。わば私も、皆さんと一緒に調査をする身。仲間……になるわけですから」


 言い得て妙だが、少しだけ嬉しくなった。

 猫たち以外の仲間……。それも人間の……。


「本来なら、きちんと席を設けて紹介するべきなのだろうが、それではルフィナ嬢が困ると思って、このような形にした。が、逆に不審がられてしまったようだな」

「いえいえ。そういう事情なら仕方がありませんわ。確かに、騎士の方々を目の前にしたら、今以上に緊張してしまいそうですから」


 想像しただけで、身震いしそうだった。

 代わりに猫たちがきちんと並んで、自己紹介をしてくれたら、と勝手に想像する。うん、これは可愛い。


「まぁ、理由はそれだけではないんだが……」

「何か言いまして?」

「いや、何でもない」


 物思いにふけっていて、カーティス様の言葉を聞き逃してしまった。が、カーティス様は、手を振って苦笑いを見せただけ。

 失礼を欠いたわけではないらしいが、少しだけ気になった。

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