第2話 マクギニス伯爵家の事情(2)

 代々マクギニス伯爵家には、女しか生まれない。憑く猫たちが女性を好むからとか、女性しか憑かないとか、色々言われているが、真相は定かではない。


 けれど、事実女しか生まれないがために、特例として、国から爵位を継ぐことが許可されている、珍しい家門だった。


 そのげんマクギニス伯爵こと、アルベルタ・マクギニスの執務室に私は来ていた。

 ピナは扉の外で待機中。縄張りがどうとかで、毎回お母様の執務室に入りたがらないのだ。


 まぁ、野良猫たちも、縄張り争いで私を呼ぶくらいだから、ピナも関わりたくないのだろう。お母様に憑いている猫と。


「よく来たわね、ルフィナ」


 遅いと言わないのが、お母様らしかった。恐らく、私が猫たちと一緒にいるのを、見たか聞いたか、したのだろう。


「遅くなりました」

「いや、常に私たちを手伝ってくれている猫たちだ。十分もてなしてあげなさい」

「心得ました」


 気まぐれでピナに呼んでもらっていると知ったら、怒るかしら。

 私と同じ水色の髪を逆立てながら、眼鏡の奥にある緑色の瞳で睨んでくるのでしょうね。

 まぁ、容姿が似ているせいか、あまり怖くはないけれど。ここは黙っておくとしましょうか。


「その猫たちからルフィナに依頼が来た」

「あら、お母様を通してですか? 私宛の依頼ならピナを通すはずなのに、珍しいですね」


 このマクギニス伯爵家は、ちょっと変わった家業を生業にしていた。声をだいにして言えないが、けしてやましい家業ではない。

 猫憑きの“力”を使った、探偵に近い仕事をしている。なぜ近いのかは、問題を持ち込んでくるのが、ほとんど“猫”だったからだ。


 それを私やお母様に憑いている猫が、教えてくれるのだ。受けるか受けないかは、ちゃんと厳選しているため、むやみやたらに動いたりはしない。

 ただし、仲裁や猫を探すのは無条件で引き受けている。猫は恩を忘れない生き物だから。


「いや、最初は私に来たんだ。しかし私では、相手が萎縮いしゅくしてしまうと思ってな」

「お母様に萎縮してしまう相手ですか……」


 余程、気の弱い方でしょうか。それとも、萎縮とは嘘で、お母様の苦手な相手。つまり弱点が分かる。そういうことですか。なるほど。


「それならこのルフィナ、喜んで引き受けさせていただきます」

「何を勘違いしている!」

「キャッ!」


 お母様が強く執務机を叩いた。


「か、勝手に私の心を読まないでください」

「読んでいない! お前が無防備だからだ」


 な、何という理不尽。


「全く、これでは任せて良いのか悪いのか、分からないな」

「何を仰います、お母様。猫たちからの依頼なのでしょう。無視してはいけませんわ」

「……そうだ、無視はできん。少々不安だが、任せたぞ」

「っ! ありがとうございます」


 よしよし、これでお母様の隠居生活に一歩近づくわ。ふふふっ。


「それはともかく、本題に入るとしよう。ここ最近、モディカ公園で猫たちに餌をあげようとしている人物がいる」

「まぁ、依頼者ではありませんか」


 モディカ公園で猫に餌をあげる、と言えばマクギニス伯爵家に依頼がある印。貴族、もしくは裏の人間ならば、首都で知らない者はいない合図だった。

 そのため、首都にある他の公園にいる猫に餌を与えても意味はない。勿論、街中にいる猫に対しても同様だった。


「しかしな、ルフィナ。猫たちはその人物から、餌を貰わないのだよ」

「あげようとしている人物、つまり依頼人が気に食わない、ということでしょうか?」

「どうやらそうらしい。相手にしなければそのうち、いなくなるだろうと、猫たちも思ったようだ。しかし来る日も来る日もめげずに、今もモディカ公園に通い詰めているらしい」


 まぁ、それで猫たちの方が折れたのね。


「いつからですか?」

「一週間前からだ」

「まぁ! そんなにも! 気の毒ではありませんか。まさか、このことを知っていて、一週間も放置していたのですか?」


 もしそうだとしたら、すぐにお詫びに行かなければ。マクギニス伯爵家の沽券こけんに関わるわ。


「仕方があるまい、猫たちが嫌がれば、依頼を受けた時、困るのは私たちなのだぞ」

「……分かっています。それで、どなたなんですか? お調べになったから、私を呼んだんですよね」

「そうだ。相手はカーティス・グルーバー侯爵。近衛騎士団長だ」

「え? 嘘ですよね、お母様」

「本当だ」


 あぁぁぁぁぁ。私は頭を抱えてしまった。まさか近衛騎士団長様だなんて。猫たちが嫌がるわけだわ。


 なんたって彼は、王家に対する忠義が厚過ぎて付いたあだ名が『忠犬ちゅうけん』。半分、冷やかしのような呼び名だった。

 しかし、猫たちにとっては関係ない。彼が犬でなかろうと“犬”という響きで判断してしまう。つまり、猫たちには近衛騎士団長様は“犬”という認識なのだ。


「犬から餌は貰いたくないのに、依頼を受けてしまってよろしいのですか?」

「さっきまでの勢いはどうした。そんなに嫌なら、直接会って断ってこい!」

「うっ! 始めから断るつもりなら、お母様が行くべきです」


 あっ、そうか。わざわざ公園に日参して、猫たちに餌を与えるほど、我がマクギニス伯爵家と連絡を取りたいのだ、近衛騎士団長様は。

 余程の案件なのだろう。近衛騎士団を使えないほどの。それを易々やすやす断るなんてできないことは、お母様も了承済み。

 けれど、私ならば。一介いっかいの伯爵令嬢なら、断り易い。そういうことですね、お母様!


「分かりました。私が責任をもって、断りに行かせていただきます」

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