第7話 依頼内容は潜入調査(3)

 日に当たると白銀のように光る銀髪。無垢な紫色の瞳は、まるでアメジストかと見間違えるほど美しい。

 その二つを兼ね備えた女性は、私の一つ年上とは思えない幼さで周囲を魅了する。それが王女殿下だった。


「まぁ、二十歳なのですから、仮面舞踏会に出席すること自体、何もおかしくはないと感じますが」


 想像できない。私と変わらないと言ったのは、年上ではなく年下という意味だから。


「それに、堅苦しい王城の生活をしていると、思い切り羽目をはずしたくなるものではありませんか? 仮面舞踏会という火遊びにハマるのも、無理はないと思います」

「確かにそう思っていたとしても不思議ではない……マクギニス嬢もあるのか?」

「私ですか? まぁ、似たようなことなら、しょっちゅうですわ。猫たちの仲裁だったり、いなくなった猫を探しに回ったり……」


 すると、カーティス様は目を見開いた後、クククッと押し殺すように笑った。


「バ、バカにしないでください! 猫たちは人間のルールなど関係ないんです! 仲裁する場所や探すのだって、危ない所を通らざるを得ない時だってあるんですから!」

「例えば?」

「えっ。……そうですね。主に路地裏でしょうか。繁華街や花街は、猫に餌をやる人が多いので集まり易いんです。だから路地裏というと、だいたいそこを指します。新参者や余所者と衝突することが絶えないので」

「なるほど。ちなみに猫を探す方は?」


 説明をし始めると、カーティス様の様子が変わった。真剣に聞いてくれる姿に、自然と私も居住いずまいを正した。


「そちらは場所自体、危険ではありません。避難先として、まず環境のいい所を選ぶことが多いですから。食事の問題は二の次なんです。そのため、どなたかのお住まいの庭にいることが多く、下手をすると大騒ぎになってしまいます」

「上手くやるには?」

「そうですね。探している猫が寝ている隙に包囲して確保してもらっています。これが一番穏便にできる方法ですわ」

「猫が猫を捕まえる、ということか?」

「はい。私が勝手に余所様の敷地に入るわけにはいきませんので」


 これで分かってもらえたかしら。火遊び、とまではいかなくても、猫たちの依頼を受けるのは大変だってことを。


 思案するかのように、カーティス様は顎に手を当てた。そのせいか、私も先ほどのような不快はもう感じない。


「なるほど。これは尚更、仮面舞踏会に出席してもらわなければならないな」

「ちょっと待ってください! 今は王女殿下の話をしていたのではありませんか? 少々、脱線しましたが」


 その挙句、話がうやむやになってもいいなぁ、なんて思っていませんよ。決して!

 あと、猫たちの依頼内容から、なぜ仮面舞踏会の話に戻るんですか? おかしいでしょう!


「そうでもない。ちょうど今、マクギニス嬢がいかにこの任務に適しているか、それを知ったところなんだ。こちらはまだ、王女殿下が仮面舞踏会に行っているというだけで、詳細は掴めていない」


 そんな! まさか、これから裏を取りに行くというのですか?

 そもそも仮面舞踏会は、いかがわしい場だとよく耳にするけれど、裏で怪しい取引が行われている、とも囁かれている会場。

 先行して潜入することは難しいのかしら。相手が王女殿下だから、ことを大きくできない、という可能性もあるわね。

 けれど、いきなりぶっつけ本番はもっと怖い。

 私はカーティス様ほど、場数は踏んでいないんですよ!


「つまり、自分の身は自分で守れる女性が必要、ということですよね。ならば、騎士団の中にも女性はいらっしゃるでしょう。その方にお願いするのが筋では?」

「身のこなし方で、令嬢か貴婦人でないことがバレてしまう。それに、外部との連絡も取れない。マクギニス嬢なら、猫を通して外の様子が分かるだろう」


 ぐぬぬ。手強い。ええい、ならば最後の手段を出すしか……。


「仮面舞踏会は来週と仰いましたよね。それに似合ったドレスを持ち合わせておりませんの。作るのも間に合いませんし、やっぱり私には――……」

「問題ない。こちらですでに用意してある。帰りの馬車に積んでおくよう命じたから、ここで見せることはできないが」


 もうヤダ。忠犬、怖い。逃げ場さえも用意してくれないなんて。


「にゃ~」


 両手で顔を覆っていると、心配したのか白猫が膝の上に乗って来た。思わず私は抱き締める。


「すまない、マクギニス嬢を困らせていることは分かっているんだ。だが……」


 困っていることは、自覚していらっしゃるのね。ならばと、私も薄々気になっていたことを尋ねた。


「どなたの依頼なんですか?」

「えっ」

「カーティス様の反応を見ていても、王女殿下のためにここまでするような方には見えませんでしたので」


 背後に誰かがいるのだろう、と推測したのだ。


 そうでなければ、何度もあんに断っているのに、引かないのはおかしいでしょう。

 お母様だって、事前に知っていたからこそ、私を行かせたのよね。無視できないと分かっていた案件なのでしょう。


 白猫を抱きながら、ジト目でカーティス様を見た。


「その通りだ。我が主であり、友でもあるヴェルナー殿下の頼みなんだ」


 駄々だだねる私と違って、カーティス様は潔く答えてくれた。本来の依頼主の名前を。


 それでよろしいのですか? 忠犬が主を裏切るようなことをしてしまって。


 私は白猫に不満げな顔を向けた。

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