第6話 依頼内容は潜入調査(2)
扉を開けてくれたカーティス様に背中を押されて、私は部屋の中に入った。その、さも当たり前な仕草に、さすが近衛騎士団長様だと感心の念を抱く。
こうやって、普段から女性を、恐らく王女様をエスコートなさっているのね。
まぁ、今の私は白猫を抱いている関係で、両手が塞がっているから、どのみち開けてもらわないと困るんだけど。
そうして入った部屋は、応接室と思われる場所だった。
応接室とは客人をもてなす部屋。
親しい客人と談笑することが多ければ、自然と白や淡い色を使った明るい部屋になり、逆に商談相手と駆け引きすることが主なら、黒や茶色など、時には相手を威圧するために暗い部屋にするだろう。
まぁ、貴族の応接室は家門の大きさを示す場所としても使われることがあるから、どちらも判断し兼ねるのよね。無駄に調度品で着飾ったりしていて。
我がマクギニス伯爵家の場合、皆、綺麗な物や美しい物が好きだから、応接室ではなく自室に持って行くのが普通だけど。
でも、グルーバー侯爵家の応接室はそのどちらでもなかった。
なんというか一言でいうと、お堅い雰囲気。壁紙が茶色いからかしら。
けれど、暖炉の上に置かれた写真立てや、壁にかけられた緑を基調とした絵画など、温かみは感じる。
ならやはり、華がないから?
「そこに座ってくれ。それと必要なら、これも」
「まぁ、ありがとうございます」
ソファに座ると、その横に猫用と思われるクッションが置かれた。
え? 廊下を一緒に歩いている時は、何も持っていませんでしたよね。一体、どこから……。
もしかして、応接室に常備されていました? マクギニス伯爵家の誰かが来てもいいように?
いやいや、必ずしも猫を連れて来るなんて、思わないでしょう。なのに、この用意周到感……。やっぱり犬って怖い。
「マクギニス嬢。早速、本題に入らせてもらってもいいだろうか」
「勿論です。こちらの事情で遅くなってしまいましたので」
というか、早く帰りたい。
本来なら出されたクッションに白猫を置くべきなんだけど、私の気持ちを察したのか、しがみついて離れようとしない。
カーティス様は気にする様子もなく話し始めた。
「まず時間がないから、先にこれだけは承諾を得たい。来週、開かれる仮面舞踏会に俺と出てもらいたいんだ」
「えっと、舞踏会に出るお相手なら、私でなくてもいいのではありませんか? カーティス様ほどの方なら、引く手数多でしょう」
「ただ出るだけならな」
「う~ん。過大評価をして下さるのは嬉しいのですが、舞踏会に猫は連れて行けません。それに私に憑いている猫も、見える人には見えてしまうので、できれば控えたい、というのが本音です」
仮面舞踏会は行ったことがないが、あまりいい噂は聞かない。だから、そこで何かしらの情報を得たいのだろう。
けれど、カーティス様にも言ったように、私の能力と相性が悪かった。
「だが、会場の周辺を見張らせることはできるだろう。舞踏会は元々、夜にやるのだから」
確かに猫は暗いところでも、物を見ることができる。見張るだけなら、危害を加えられることもないだろう。
「それならば、私がお供する必要はないのでは? 騎士団との連携ならば、共に外で待機している方が良いと思うのですが」
「……そんなに俺と行きたくないのか?」
三度も断っていれば、さすがに気づくわよね。
でも、私も気づいたんですよ。今回、私に依頼が回ってきた理由、それが仮面舞踏会に出席することが前提であることに。
だから、お母様では無理だったんですね。
いくら何でも、騎士団長様のエスコート役に年上の、さらに既婚者というのは、マズいもの。仮面をしていても、気づく人はいるのだから。
「カーティス様こそ、平気なのですか?」
「何がだ」
「仮面舞踏会といえど、私と共に行ったら噂になってしまいます。私も元々、舞踏会へ頻繁に行く方ではありませんが、カーティス様もそうでしょう? そんな二人が揃って行けば、変に勘繰られてしまいます。困るのはカーティス様ですよ」
無難なところから攻めることにした。
犬ではないと分かっていても、優しい方だと知っても、すぐには慣れない。犬のように、依頼人に尻尾は振れないのだ。
「俺は構わない。噂など好きに言わせておけばいい。任務が最優先だ」
忠犬め! 石頭め!
「そうですか。ならば、仮面舞踏会に行かなければならない理由を教えてもらえないでしょうか? 急いでいるのは分かっているのですが、何分そう言う場所に行くのは初めてなので、その、心の準備が……」
「あぁ、そうだったな、すまない。急いでしまったようだ。確かに、仮面舞踏会は普通の舞踏会とは趣向が違うから、マクギニス嬢が戸惑うのも無理はない」
ようやく分かってくださいましたか。カーティス様と私では、経験値に差があるのですよ。
「その仮面舞踏会に、王女殿下が頻繫に参加されているんだ」
「おう、じょ、えっ?」
「に゛ゃゃゃゃーーー!!」
思わず叫び声をあげそうになり、口元に手を当てた。すると、抱いていた白猫を落としそうになり、私の代わりに叫んでくれたのだ。
「ごめんね。悪かったわ。ここでゆっくり休んでね」
お陰で私は、幾分、冷静になれた。
「すみません。お見苦しいところを」
「いや、驚くのも無理はない。初めて聞いた時の私たちも、マクギニス嬢と同じような反応をしたのだから」
「まぁ、そうでしたか。しかし、王女殿下と言ったら、私とあまり変わらない年齢だったかと思うのですが。私の勘違いでしょうか」
「マクギニス嬢は十九歳だったか。ならば、そうだな。王女殿下は今年、二十歳になられる」
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