第41話 婚約の裏側

 ラリマーに先導されて着いたのは、応接室ではなかった。以前通された場所よりも、私的してきに感じる。まさかここは……。


「カーティス様のお部屋ですか?」


 そういうと苦笑するカーティス様。どうやらこれは、予想外のことだったらしい。私をゆっくりとソファーに下ろしながら話してくれた。


「あぁ。ラリマーは普段、ここで過ごしているからな。自然と足がここに向いたんだろう。ほら、そこに」


 カーティス様の視線を追って見れば、茶色い大きなクッションがあり。その近くには水が入った容器が置いてあった。

 何故、これがカーティス様の部屋に? と思ったが、ラリマーの本来の役割を思い出した。


「ラリマーが、カーティス様の独り言を拾ってしまった原因は、これだったんですね」

「……あの時は悪かった。が、少しは俺の気持ちが伝わっただろうか」

「っ! そ、その前から気づいていました……」


 あのカフェで。ジルケに言われて、カーティス様の気持ちを知った。それを分かった上で、私は今回のことをしたのだ。カーティス様は、それをどう思ったのだろうか。


「俺の方は、なかなかルフィナ嬢の気持ちには気づけなかったな」

「……私自身がそうでしたから。でも、いつですか?」

「気づいたことにか? そうだな」


 顎に手を当てながら、カーティス様は私の隣に座った。


「確信したのは、仮面舞踏会で帰りの馬車にルフィナ嬢を乗せた時だ。耳まで真っ赤にしていたのが可愛くてな。……不謹慎だとは思ったんだが」


 私は当時のことを思い出し、両手で耳を隠した。


「だが、その一週間後には……」

「すみません。その、とても重要な案件だったので――……」

「分かっている。マクギニス伯爵から言われたんだ。『いくら好きな人がいたとしても、猫たちを優先する』と。そこでシュッセル公子との婚約が、猫のためだったことを知ったんだ」


 そっと顔を見ると、微笑んでくれるカーティス様。けれど、膝に置かれた両手が強く握られているのを見て、私は視線を逸らした。


「茶トラ……仮面舞踏会で犠牲になった猫を弔った日の夜に、ピナからSOSをもらったんです。悲しんでいる猫がいる、と。その猫が――……」

「エスタ・デルリオ男爵令嬢と名乗る、薄茶色の髪をした少女だったのか」

「はい。エスタの正体は三毛猫です。仮面舞踏会の夜、繫華街にいたシュッセル公子にやられたそうです」


 実際はエスタだけではなかった。数匹の猫たちが被害に遭ったのだ。エスタは死した後も助けを求め続け、ピナがそれをキャッチしたに過ぎない。


「すでに仮面舞踏会の件は、シュッセル公爵がもみ消してしまいました。だから、シュッセル公子を追い詰めるのは、難しかったんです」

「公爵もあの件は大変だったようだからな。余計な火種を作らせないように、外出も控えさせていたらしい」

「加えて、同じ裏社会に通じる家です。表ではどう足掻いても失脚させることはできないので……このような手を使いました」


 本当ならエスタの力も借りずに処理したかったんだけど……。生憎、シュッセル公子を相手にしても構わない、といってくれる、知り合いの令嬢がいなかったのだ。


 社交界への人脈作りを怠った弊害がここで出てしまうなんてね……。これからは先を読んで、行動できるようになりたいわ。


「しかし、ルフィナ嬢のやり方ではシュッセル公子の名誉を傷つけるだけで、本懐は成し遂げられないだろう。違うか?」

「そう、ですね。私ができたのは、精々悪評を追加させただけで、影響はあまりなかったと思います」

「だから、俺が来たんだ」

「え?」


 そうだ。なんであの場所にカーティス様がいたの?


「あのままでは、シュッセル公子が恥をかいて帰るだけだ。捨て台詞を吐いてな。けれど残ったルフィナ嬢は違う。その相手として噂となり、さらに悪評を立てられていた可能性もあっただろう」

「それは覚悟の上です」

「俺は罪を裁けずに、ルフィナ嬢だけが損をするのは堪えられない。さらに今回のことを相談してくれれば、協力できたんだ。さっきのように」

「騎士団を私的に使うことは賛成できません!」


 カーティス様の名誉が傷つくと分かっていて相談するなんて……無理に決まっているじゃないですか!


「大丈夫だ。今回の件は、騎士団の中でも皆やる気でな。仮面舞踏会でシュッセル公子を取り逃がしたことへの雪辱を果たしたいと、躍起やっきになっていた程だ」

「けれど、猫を殺しただけで騎士団に捕まっていたら、周りから避難を受けますよ」


 私としては有り難いけれど、いちいちそれで捕まっていたら、騎士団だけでなく、王様にまで避難がいってしまう。

 さらにいうと、貴族派に足元を見られる案件でもある。


 そんな私の心配とは裏腹に、カーティス様はフッと口角を上げた。


「ルフィナ嬢はシュッセル公子の言葉を覚えているか? 『そもそも先に邪魔をしたのは猫の方だ。何もかも上手くいっていたっていうのに』と言っていただろう。この上手くいっていたことは? さらに、猫に邪魔をされただけで、あそこまで語気を荒げて言う理由は? それだけで皆、簡単に推測できるだろう」

「あっ」

「仮面舞踏会は一カ月前の出来事で、皆の記憶にもまだ新しい。しかもルフィナ嬢の妹君が告げてくれた。猫を殺した月日を。マクギニス伯爵家が猫を重んじていることは周知の事実なだけに、それだけで言質は取れたのも同然なんだ」


 猫憑きと言わない配慮に、思わず胸が反応した。


「それに裏で幾つか犯罪紛いのことをしていたからか、その感覚も麻痺していたんだろう。よもやそれだけの理由で、捕まるとは考えない。だから、敢えて小さな犯罪から攻めたんだ」

「仮面舞踏会の汚職に関わっていた疑惑……」

「そうだ。猫を利用する形にはなってしまったが、無念を晴らすことはできたのではないだろうか」

「……ありがとうございます。どんな形であれ、シュッセル公子を裁いてくださるのなら、エスタたち猫も、満足してくれるでしょう」


 そう、笑顔で答えたのだが、カーティス様の反応は微妙だった。首を傾けると、突然立ち上がり、私の前で跪いた。

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