第42話 ルフィナの答え

「カ、カーティス様!?」


 目の前で跪かれたばかりか、手まで取られる。


「何か、気分を害することをしただろうか」

「えっ! あっ、いえ、違うんです。ただ……」

「ただ?」


 言葉を濁しても、カーティス様は手を緩めてはくれなかった。


「……またも自分の力で解決できなかったのが、悔しくて」

「っ! それは済まない! ルフィナ嬢に対する扱いに許せなくて……」

「逆にシュッセル公子が、紳士的な振る舞いをしても良かったんですか?」


 意地悪な質問をした自覚はある。けれど、止められなかった。


「それは違う」

「さらに私の気持ちがシュッセル公子に向かっても、良かったと?」

「断じて違う! 俺も悔しかったんだ。街中で歩く二人の姿や、王城でもそれ以外でも聞こえてくる、二人の噂が……」

「相談しなかったことも?」

「それは二の次だな」


 二の次? という言葉の代わりに、私は首を傾けた。


「ルフィナ嬢の婚約者という肩書を盗られたのが悔しかったんだ。自惚れだと分かっていても、ルフィナ嬢の気持ちは俺に向いていたから、余計にな」

「自惚れではありません。正直、舞踏会の会場で会えたことは、嬉しかったですから」

「それは良かった。少しでもルフィナ嬢の名誉と……牽制をしたかったんだ。もう他の誰にも取られたくないからな」

「だ、だからって、人前で……その……」


 状況を整理していく内に、カーティス様が現れた後の出来事を思い出した。


 キスをするのはあんまりだ、という言葉が言えずにいると、手を少しだけ持ち上げられる。次の瞬間、何をするのか理解していたが、それよりも先にカーティス様の唇が触れた。


「人前でなければ、牽制にならないだろう。猫たちも堂々としているじゃないか。こんな風に擦り合って」


 そう言いながら、今度は私の手に頬擦りする。カーティス様らしくないその姿に、私もどうしていいのか分からなかった。


「ルフィナ・マクギニス嬢。改めて言わせてほしい。好きだ。俺と結婚してもらえないだろうか」


 私の手を両手で包み、真剣な眼差しで見つめるカーティス様。その青い瞳に期待はない。あるのは、不安だ。

 そう、今の私と同じ感情が、カーティス様の顔に現れていた。


「私もカーティス様が好きです。でも、私は色々と面倒な女ですよ。先ほどもあったように、カーティス様よりも猫を優先してしまいますから」

「構わない。が、できれば一言、相談してほしい。今回のように、協力した方がいい案件もあると思う。無論、反対はしないから安心してくれ」

「ありがとうございます。それから……ピナの存在も邪険にしませんか?」


 すでに一度会っているから、敢えて説明せずに聞いた。


「勿論だ。実はラリマーを通して、何度か話をさせてもらっている」

「えっ! いつの間に。ではなく、いつからですか?」


 そんなの聞いていない! ピナが私に隠し事をしていたってこと? 信じられない!


「ルフィナ嬢。ピナ……君を怒らないでやってほしい。恐らく、秘密にしていたわけではないだろうから」

「どういうことですか?」

「連絡があったのは、一週間前。マクギニス伯爵に会いに行った後だった。傷心した声で、言っていたよ。ルフィナ嬢を責めないでほしい、と。嫌わないで、ともな」

「っ! 婚約してから、ずっと抱いていた感情でした。だから、ピナが……」


 私の代わりに伝えてくれたんだわ。


「ピナ君にも言ったが、俺がルフィナ嬢を嫌うことはあり得ない。今日はそれを実感してもらえたと思うんだが」


 思わず、肩に掛けられたカーティス様の上着を手繰り寄せた。舞踏会で抱き締められて、それから唇にキスを――……。


 上着を掴んでいた手を口元へ持って行った瞬間、カーティス様の顔が目の前に迫っていた。


「ルフィナ嬢。そろそろハッキリした返事が聞きたい」


 その手さえも掴まれる。


「勿論、はいです。それ以外の答えは――……」


 あり得ませんわ、という言葉は、言わせてもらえなかった。一瞬だった、舞踏会でのキスとは違い、それは長くて、深いキスだった。

 時折離れては、私の反応をうかがい、再び角度を変えてキスをする。その余裕のある姿に、六歳も差があることを実感させられた。


「っ!」


 気がつくと、座っていたはずのソファーに横になっていた。私を見下ろすカーティス様。

 いくら恋愛に疎い私でも、この体勢がどういうことを意味するのかは理解している。でも……!


「そんなに怯えないでくれ。今はするつもりはない」

「……すみません」

「こんなことをしておいて、説得力はないと思うが、ルフィナ嬢がいいと言うまではしない。俺が我慢強いのは知っているだろう」

「……はい」


 何だか、そうさせてしまっているのが申し訳ない気持ちになった。すると突然、カーティス様が姿勢を下げた。

 しかも顔が胸元へ。私は必死に声を出さないように努めた。


 次の瞬間、ドレスに覆われていない胸と鎖骨の間に、カーティス様の唇が当たった。


「んっ」


 強く吸われて、思わず声が漏れる。その途端、カーティス様と目が合った。

 驚いている私とは裏腹に、カーティス様は意地悪な子供のように、口角を上げている。


「でも、これくらいは許してほしい。このドレスを着たルフィナ嬢を見て、俺がどれだけハラハラしたか」

「えっ。何か問題でも?」


 そういえば舞踏会の時、外でもないのに上着をかけられた。


「あまり露出の多いドレスは控えてくれ。特に胸元を強調するドレスは」

「……言うほど大きくないですよ」

「それは関係ない。他の連中に見られるのが嫌なんだ」

「あっ、だから仮面舞踏会の時のドレスには、ケープが?」


 今更、その真意に気がついた。というよりも、思った以上に独占欲が強いんですね、カーティス様は。


「そうだ。ルフィナ嬢よりも俺の方が面倒だとは思う。だが、今更嫌だと言っても手放すつもりはないからな」


 覚悟しておけ、と顔の近くで囁かれ、再び私の唇に口付けた。


 その後、伯爵邸に帰った私が自室で、声にならないほど驚いて、ピナに心配されたのは言うまでもない。

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