第28話 潜入調査(1)

「お会いできて嬉しいですわ」

「あぁ。立ち話もなんだから、あちらで話をするのはどうだろうか」

「まぁ、いい提案ですね。さっきまで私がいたところなので、案内します」


 要約すると、

「合流できて良かったです」

「早速報告を聞きたい。いい場所はないだろうか」

「ではこちらに。場所を取っておいたので、ご案内いたします」

 である。


 二人の関係性と潜入調査という名目を知っているお陰で、私でも理解することができた。


 ジルケに案内されながら、人混みを掻き分けて着いた場所は、壁際に設置された長椅子だった。

 そこだけ空いている、という異様な光景。カーティス様は気にすることもなく腰を下ろした。違和感はあるものの、私もあとに続く。


 だって、ジルケが少しだけ席を外していたとしても、周りにはこれだけ人がいるのよ。すぐに座られてしまうわ。


「どうかなさいましたか?」


 隣に座ったジルケが、私の様子に気がついたらしい。心配そうに手を握ってきた。


「あっ、私ったら気がつかなくてごめんなさい。すぐに飲み物を用意させますから」


 ジルケがそう言うと、近くにいた給仕がそっとお盆を差し出す。まるで用意していたかのように、お盆にはグラスが三つ。

 右から取っていくジルケに習って受け取ると、最後のグラスにだけコースターが敷かれていた。


 いや、これはコースターに見立てた連絡用の紙だ。つまり、この給仕も騎士団の団員。さらに見渡すと、長椅子を囲むように人が立っていた。


 さっきまではもっと近くにいたような気がしたのに。恐らく、その人たちも団員なのだろう。

 よくよく考えてみると、一緒に潜入調査をするというのに、知らされていないことが多かった。


 確かに、私は騎士団員ではない。部外者だ。内情を明かせないことは分かるけど……。


「もしかして、お口に合いませんでしたか?」


 不満気に飲む姿に、ジルケが心配そうに覗き込む。私はそっとジルケの方に体を寄せた。


「いいえ。皆さんの動きにちょっと驚いてしまって」

「なるほど、分かりました。このジルケにお任せください」


 何を? と言おうとした瞬間、反対側から腰を引かれた。思わず相手の名を言いそうになり、手で口を押さえる。


「問題事でもあったのか?」

「いえ、大したことではないんです」

「そんな感じには見えないが……」

「心配なさるなら、一曲、踊られてはいかがですか?」


 そう言いながら、ジルケはダンスホールに向かって手を伸ばす。一度は踊る必要があるのかもしれない、と思っていたから、その申し出を断る選択肢はない。

 けれど、今は潜入調査の最中。私には知らされていない、騎士団内の段取りがあるはずだ。


 隣に座るカーティス様を覗き見る。すると、どこかに向かって顎をしゃくった。私はジルケの方に顔を向けながら、視線だけ仰ぎ見る。


「っ!」


 ドリス王女殿下だ。二階からダンスホールを眺めている。黒い仮面とフードを身に着けていても、そこから覗く銀髪、紫色の瞳は隠せない。

 さらに近くにいるのは、シュッセル公子だろう。こちらは黒い仮面のみだから分かる。ドリス王女の近くにいる、青い髪の男など、一人しか考えられないからだ。


「ふふふっ。他の舞踏会でも、あまり踊っていなかったから、踊れないと思われているのかもしれませんわ」


 私は一連の行動に合わせて、そのままジルケに返事をした。カーティス様が返事をしないのは、ダンスをするべきではない。そう思ったからだ。


 けれど、カーティス様は違う捉え方をしていたらしい。突然立ち上がると、私の前で手を差し出した。


「ならば一曲、お相手願えませんか?」

「え? よろしいのですか?」

「他の者と踊るつもりはないのでね」

「そういう意味ではなく……」


 ダンスをしていいのか、と聞いたつもりだった。すでにドリス王女の姿は確認済み。シュッセル公子と別行動を取っているのかもしれない、という仮説はなくなった。

 つまり、ドリス王女も黒というわけだ。


 ここからはより、慎重に動かなければいけない。なのに、ダンスをしていていいの?


「大丈夫です。ここは意向に沿ってください」


 私の疑問に答えるように、隣からジルケがアドバイスをくれる。その心強い言葉に頷き、私はカーティス様の手を取った。



 ***



「正直に答えてください。本当にダンスをしていてよろしいんですか?」


 ダンスが始まると、私は開口一番に問いただした。


「問題ない。むしろ、音楽と人の流れに合わせて、階段の近くまで行く必要が出てきたんだ」

「っ! はい。私も確認しました」

「時間は惜しいところだが、一直線に向かうのは危険だ。二階に上がるには、上客であることを示さなければならない」

「私たちは違いますからね」


 この会場に入る時がそうだった。事前に忍び込ませていた者が、交代するタイミングを見計らって、会場に入ったのだ。だから今度も――……。


「あぁ。しかし、上客である証は受け取った。そうだろう」

「はい」


 長椅子に座ってすぐに、ジルケが私の手の中に入れた物。家紋が刻まれたカフスボタンだった。

 仮面をしているため、これが身分を証明する物になるのだろう。


「向こうも表向きは仮面舞踏会のままでいたいはずだ。がめつい客は、使用人に印象付けてしまう。ならば、ダンスは飽きたから二階に行くか、と思わせた方がいい」

「そうですね。あと、今後の段取りなど、詳しいお話を聞いていなかったので、私もちょうど良かったです」

「いや、あくまでル……君は俺のパートナーとして来てもらっている身だから」

「それでもです」


 念を押すように睨みつける。すると、まるで本当に耳が生えてしまったのではないか、と思えるほどにしょげたカーティス様の表情が目に入った。


「話していただかないと困るんです」


 視線を避けても、表情は変わらなかった。むしろ、垂れ下がる黒い耳の方に視線がいってしまう。


「カー……貴方の動きに合わせなければ、恋人の振りもできません」


 すると、『恋人』という言葉に反応したのか、垂れた耳がピンと伸びた。いや、これはあくまでも幻覚なのは分かっている。だけど、そんな気がしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る