第9話 忠犬の苦悩(2)(カーティス視点)

「別に、ドリスをネタに、マクギニス嬢とお近づきになりたい、なんて魂胆には気づいていないから、安心していいよ」


 まだ数年の付き合いだが、ヴェルナーが嫌味を言っていないのは分かる。さらに、何を聞きたがっているのかも。


 ヴェルナーの護衛騎士になって、もう何年になるのだろうか。三年くらいか。ふと、そんな現実逃避をしたくなった。


「ただ、いつからなのかを聞きたいだけだから」


 やはりそうか。これは話さない限り、何度も聞いてきそうな雰囲気だ。


 執務室から出られないヴェルナーにとって、外部の人間で遊ぶのが、唯一の楽しみだった。けれど、それにわざわざ付き合ってやる通りはない。

 先に白状してしまう方が賢明だった。


 俺は執務机の近くにある椅子に座って口を開いた。


「ヴェルナーの護衛騎士になって二年ほど経った頃、王城でマクギニス嬢を見かけたんだ」



 ***



 つまり、さかのぼること一年前。


 春の終わりを告げるように、淡い花々が散り、次の季節を知らせるように新緑が芽吹いてきた頃。


 いつものように時間ができてしまった俺は、厩舎きゅうしゃに行って馬たちの世話をしようと、王城内を歩いていた。

 廊下から見える木々を彩る鮮やかな緑と、水気を含んだかのような青い空に、俺は即決した。

 今日は愛馬と遠乗りに行こうと。


 逸る気持ちで歩いていると、どこからか女性の声が聞こえてきた。もう少しで厩舎に辿り着こうとしている、そんな場所で。


「お~い」


 始めは俺に声をかけたのだと思った。他に人がいなかったから。しかし、よくよく聞いてみると、声をかけられたのではないことに気づく。


 なら、誰に? 俺は気になって声のする方へ足を運んだ。厩舎の近くに女性がいることは普通、あり得ないことだったからだ。

 何かあったのかもしれない。そう思うのは当然のことだった。


「大丈夫だから、降りていらっしゃい」


 声の主は、水色の髪の令嬢と思われる女性だった。

 なぜか木に手を伸ばして話しかけている。おかしな令嬢だとは思ったが、大きなつり上がった猫のような緑色の瞳を見て、マクギニス伯爵令嬢だと分かった。


 名前までは知らないが、マクギニス伯爵家は女性しか生まれないため、令嬢で間違いないだろう。

 さらに猫憑きと言われている家門。おのずと何に声をかけているのか推測ができた。


 俺はマクギニス嬢の目線の先にある、木の上の方へと目を向けた。


「にゃ~」


 怯えた声を出しながら、グレーの子猫が枝にしがみついている。登ったはいいが降りられなくなった、というパターンだろうな。


「ジャンプできる? 無理そう?」


 子猫にも分かるように、マクギニス嬢もその場でジャンプをする。

 何度もする姿に思わず可愛いと思った。向こうは誰かに見られているとは微塵にも感じていないのだろう。


 どうする。ここは助けに行くべきか? だが、マクギニス嬢の方が子猫の扱いには長けている。お節介で済むならいいが、プライドを傷つけて悪印象を与えたくない。


「にゃ~」「にゃにゃにゃ」「にゃ~にゃ」「にゃにゃ」


 二の足を踏んでいると、猫たちの鳴き声が聞こえてきた。


「まぁ、あの子を説得してくれるのね、ありがとう」


 白猫やブチ、三毛猫たちがマクギニス嬢の周りに集まってきたのだ。

 彼女の言葉通り、子猫に向かって鳴く猫たち。すると意を決したのか、子猫がジャンプした。それを数歩後ろに下がって、マクギニス嬢は受け止める。


「頑張ったわね。とても怖かったでしょうに。偉いわ」


 子猫に頬擦りして、褒めてあげるその姿に、胸の奥が温かくなった。


「君たちもありがとう。お陰で、この子が怪我をしないで済んだわ」


 一匹ずつ丁寧に頭を撫でる姿に、俺がこれまで接した騎士たちへの対応と見比べてしまった。


 動物も人間と同じだ。

 褒められれば嬉しいし、その他でまとめられるよりも、個々で扱われる方がよっぽどいい。そう思った途端、俺の足は騎士団へと向かった。


 案の定、騎士たちへの接し方を改めたら、団の雰囲気も変わった。元々悪いわけではなかったが、縦ばかりではなく、横の繋がりもできたように感じるほど。


 すると次第に、マクギニス嬢のことが気になり始めたのだ。どんな女性だろうか。話をしてみたい、と。



 ***



「ふ~ん。カーティスが騎士たちに慕われるきっかけを作ってくれた、というわけか。通りで惚れるわけだ」

「……それについては返す言葉もない。六つも年下の令嬢に教わるとは情けないとは思ったが、集団をまとめるのは、向こうの方が長けている」

「猫憑き、だからね。この王城の警備も、猫たちが一部、担ってくれているわけだし」


 主にネズミなどに荒らされやすい宝物庫や図書関係の部署に、猫たちは配属されていた。

 人の見えない場所に現れる害獣たちを相手にするのなら、こちらも獣でなければならない。それも、マクギニス伯爵家の管轄下の猫でなければ許可されないのだ。


 何でも、猫たちを統率できるのだという。一年前のマクギニス嬢の姿を見ると、その噂は本当なのだろう。

 さらに、その猫たちの目を使って侵入者を見つけているのだとか。情報を集めているとか。夜な夜な事件を解決している話もあれば、逆に猫を使って盗みをしている話まで。


 ピンからキリまであった。都市伝説と化しているのではないか、と思えるほどに。


 まぁ、その真意は分からないが、人に対して警戒心を抱く者でも、猫になら心を許してしまうことがあるのは事実。

 そういう意味から、裏の情勢に詳しいのかもしれない。


「だから、今回の件は是非とも引き受けてもらいたいんだ。私情を挟んだことは申し訳ないが」

「いいよ。確かにカーティスが、マクギニス伯爵家と接点を持つのは難しいからね。今回は大目に見よう」

「すまない」

「代わりに無事、落とせたら、顔を見せに来ること。これは守ってくれよ」


 興味津々に見詰めるヴェルナーの姿に、王女殿下のことを本当に心配しているのだろうか、という疑問が浮かばざるを得なかった。

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