第22話 猫憑き令嬢と女騎士

 ジルケ・ブルメスターと名乗った金髪の女性は、思ったほど悪い人ではないらしい。

 先ほどまでカーティス様が座っていた向かい側の席ではなく、私の斜め横の椅子に座ったからだ。


 彼女が護衛と言ったことや、カーティス様を団長と呼んだことなどから、近衛騎士団の団員ということは分かる。

 けれど、カーティス様が騎士とはいえ、女性と親しげに話している姿は、あまり良いものではなかった。


 不覚にも、嫌だと感じたのだ。


「それでお話というのは……」

「先ほども言った通り団長のことです」


 そう。ジルケは私に「団長のことでお話が……」と耳元で囁いたのだ。

 敵か味方か分からない。それでも、カーティス様のお話には興味が引かれた。


「マクギニス嬢は、どう思われているのでしょうか」

「どう、というのは?」

「あっ、そんなに警戒しないでください。先ほど、仰っていたことが気になったんです」


 私は首を傾げた。ジルケが気になるほどのことを口にしただろうか。


「『誰かに好意を抱いたことがない』と、仰いましたよね」

「……えぇ」

「本当ですか?」

「ブルメスター卿はご存じですよね。私が周りに何と呼ばれているのか」


“猫憑き令嬢”


「それが何だと言うんですか? 団長は気にしていませんよ。勿論私も、です」

「ブルメスター卿……」


 ありがとう。涙が出そうなほど、嬉しかった。


「実は私、猫が大好きなので、マクギニス嬢とお近づきになりたかったんです」

「えっ、私と?」

「はい。それで今回、護衛に志願したんです」

「それはその、なんと言うか、ありがとうございます」


 まさか、こんな私に近づこうという者が、カーティス様の他にいたなんて。

 お仕事とはいえ、嬉しかった。


「いいえ。こちらこそ、ここに来るまで、たくさんの猫たちに出会えましたから。皆、マクギニス嬢を心配そうに見ていました」

「多分、相手がカーティス様だからだと思います」

「理由をお聞きしてもいいですか?」


 最もな疑問だと思った。そもそも私を通しているのだから、猫たちがカーティス様を危険人物だと捉えるのはおかしい。

 だからと言って、“忠犬”と呼ばれているから、とも答え辛かった。


「多くの視線を集めていたでしょう。まぁ、それも今日の目的の一つなんですが、緊張してしまい、平常心を保てなかったんです。だから猫たちが心配したのでしょう」

「なるほど。さらに護衛の件も話していませんでしたから、より警戒させてしまったようですね」

「えぇ。基本、猫たちは自由ですから。命令しても、納得できない案件は動きません。なので、今回のように、自主的に動く場合の方が多いんですよ」


 意外な返答だったのか、ジルケは驚いた表情を見せた。その軽蔑の色のない純粋な表情。ほんの少しだけ勇気を出すには十分だった。


「勘違いされる方が多いのですが、猫たちは私の命令を聞いているわけではありません。私に憑いている猫に従っているんです。その猫の意思を尊重して、私を見守ってくれている。故に、今回のようなことが起きてしまったんです」

「もしかしたら、“猫憑き令嬢”という言葉は揶揄ではなく、警告なのかもしれませんね」

「警告……ですか?」

「はい。迂闊に近づけば猫にやられる。現に団長も、随分と苦労されたと聞きました」


 一週間もモディカ公園で、猫に無視された話よね、これは。もしかして、団員に知れ渡っているのかしら。

 あぁ、どうしよう。カーティス様の評判に傷をつけたんじゃ……!


「あ、あれは――……」

「猫たちから見たら、団長はマクギニス嬢に近づく怪しい男性に見えるでしょう。マクギニス嬢はどうですか? あれでも令嬢方には人気があるんですよ」

「っ!」


 地位、名誉、権力……。それだけでも優良物件なのに、格好いい容姿と飾らない人柄が合わされば、他の令嬢方が放っておかないだろう。

 今日は少し、話が通じない場面があったけれど……。


「確かに魅力的な方ですが……」

「お好みに合いませんか?」

「そ、それは烏滸おこがましい、と言いますか……」

「何故です?」


 さも当然かのように質問をしてくるジルケ。私は間を置いてから答えた。


「先ほど、ブルメスター卿も言っていたではありませんか。他の令嬢方に人気だと。……迷惑に思われるだけです」

「うーん。では、質問を変えます。マクギニス嬢は、どのような男性がお好きなのですか?」

「えぇぇぇ!」


 好き……好き……好きな、男性……!?


「猫……猫を大切に想ってくれる人、でしょうか」

「それは必須ですね。好かれていなくても、大丈夫ですか?」

「気まぐれな猫に好かれるのは難しいですから」


 ふふふ、と笑って見せると、逆にジルケは真剣な顔で頷いた。


「なるほど。それはクリアですね。あと他には?」

「我が家は、今回のような依頼を受けることがあるので、理解してくれる方でないと困ってしまいます。人の他にも、猫たちからも依頼を受けるので」

「その点は、難しそうですね」

「はい。普通の令嬢は、そういうことはしませんもの」

「いえ、依頼と称して、マクギニス嬢に近づく不埒者ふらちものもいるかもしれません」


 え? ジルケは何を言っているの?


「心配し過ぎて、許可を出さない可能性があります」

「だ、誰が?」

「勿論、団長です」

「カーティス様が!?」


 驚きのあまり、私は立ち上がった。椅子の音と大声も相まって、周囲の視線が一斉に集まる。が、気にしている余裕はなかった。何故なら、その前に声をかけられたからだ。


「俺がどうかしたのか?」


 そうカーティス様に。

 私はさらに恥ずかしくなり、その場から立ち去ろうとした。けれど瞬発力のいい騎士には敵うわけがなく、すぐに腕を掴まれてしまったのだ。


「ルフィナ嬢。何かジルケが失礼なことでも?」

「えっと、その……」

「やはり……」

「違います! 違いますから、離してください」


 いくら鈍い私でも、ジルケにあんなことを言われたら分かってしまう。さらに、ピナを見ても変わらない態度。

 すべてを統合すると……つまり……。


「分かった」


 カーティス様が手を離した瞬間、私は逃げるようにしてカフェから出ていった。

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