第23話 説教、再び(カーティス視点)

 そうして手元に残されたプレゼント。


「元気を出してください、団長」

「送らせてもらえなかったんだぞ」


 誰のせいだと思っている!

 八つ当たりなのは分かっていたが、どうしても抑えきれなかった。


「それはまぁアレですが、マクギニス嬢の反応を見る限り、ちゃんと意識されているように感じました」

「根拠は?」

「うーん。色々ありますが、そうですね。カフェを出て行く直前のことを覚えていますか? 団長に声をかけられて慌てていた、あの姿を」


 ルフィナ嬢に名前を呼ばれたような気がして声をかけると、こちらを見ずに立ち去ろうとした。思わず腕を掴んでしまったが……。


「団長の方からは見えなかったと思いますが、お顔どころか、耳まで真っ赤にされていたんです」

「耳……?」


 そういえば赤かったような気がする。普段は水色の髪から覗く白い耳。そっと控えめだったあの耳が、主張するかのように赤く……なっていた。


「さらに言うと、猫に好かれなくても良いそうですよ」

「何がだ?」

「勿論、マクギニス嬢の好きな男性の条件です。有益な情報を仕入れた、と言ったではありませんか」


 俺の驚いた表情に、間髪を入れずにジルケは言い放った。

 そうだった。あの時の悔しさを思い出したせいで、すっかり忘れていた。とても大事な案件だというのに。


「団長がヴェルナー殿下を頼まずに、モディカ公園でマクギニス嬢に接触しようとしていたのは、それをアピールしたかったからですよね。猫に好かれているところを見せれば、好印象どころか点数稼ぎにもなりますから」

「そういうわけではない。ルフィナ嬢は警戒心が強いからな。王城の一室で会うよりいいと思っただけだ」

「……一応、お調べになっていたんですね」

「協力者について調べるのは当たり前だろう」

「……まぁ、そういうことにしておきます」


 呆れた口調で言うジルケから逃げるように、俺は咳払いをした。先を促す意味も込めて。

 すると、ここはさすが団員というべきか。心得たかのように、頷いてから口を開いた。


「それから、マクギニス伯爵家の家業でもある、モディカ公園で受ける依頼について、理解していただきたいとのことです」

「理解も何も、今回はそれを使って依頼をしたのだから、心配する必要はないだろう」

「意外ですね。依頼内容によっては、マクギニス嬢が危険な目に遭うとは思わないんですか? 今回のように、潜入調査もあり得るんですよ」


 確かに、と俺は顎に手を添えた。

 依頼内容は必ずしも安全ではない。そうルフィナ嬢も言っていた。


「しかし、そこはマクギニス伯爵が、きちんと見極めているだろう」

「今はそれでいいのかもしれませんが、結婚後はどうなさるおつもりですか? 奥様が危険な依頼を遂行していても、団長は気にならないと?」

「結婚!? まだ告白する段階ですらないのに、気が早いぞ!」


 ジルケは脈あり気に言うが、捕まえたと思った瞬間、嘘のように消えていなくなってしまう。


 例えば依頼した日のこと。空に浮かぶ白猫は、恐らくルフィナ嬢に憑いている猫だったのだろう。モディカ公園の猫たちと違い、警戒心もなく気さくに話しかけ来た。


 噂では、心を許した者にしか、姿を見せないという“猫”

 会話までしたのだから、偶々見えてしまった、というわけではないだろう。故に、期待してしまったのだが……。


 打ち合わせと称して、密かにデートを楽しんでいたのがバレたのだろうか。そんな姑息な真似に、逆に失望されたか……。


「まぁ、マクギニス嬢の性格を見ると、まだ早いですね。仮面舞踏会のどさくさに紛れて、そのプレゼントを渡すのはどうですか? さらにその勢いで告白をしてみては?」

「普通に舞踏会へ行くわけではないんだぞ。そんなことをしたら、仕事に不誠実な男だと映るだろう」

「あっ、それは失礼しました」

「先にジルケが言ったんじゃないか。家業への理解を、と。それを蔑ろにする案件は、ルフィナ嬢の怒りを買うに決まっている」

「団長に抱き始めた好意が、一気に急降下すること間違いなしですね」


 うっ。人が気にしていることをズバッと。思わずジルケを睨む。

 けれどジルケは、怯むどころか楽しそうにクククッと笑ってみせた。まるで他人事のように。それが余計、俺のかんに障った。


「まぁまぁ、そんなに怒らないでください。別に私は、お二人を引き裂こうとしているわけではないのですから」

「何か魂胆があるという意味か?」

「勿論です。そうでなければ、志願しませんし、協力だってしません」


 俺は机に肘をつき、先を促した。


「無事にご結婚された暁には、マクギニス嬢の、いえ奥様の護衛として雇っていただきたいんです」

「さっきから気が早いと思ったら、そんなことを考えていたのか」

「いけませんか? 団長とて下心ありきでマクギニス嬢に近づいたんです。私を非難できる立場ではないと思います」

「うっ。そこは認めよう。だが、俺が納得できる理由でなければ、首を縦には振れんぞ」


 その前に、ルフィナ嬢がジルケを気に入るかどうか。さらには、結婚できるかも分からない状況でする話なのか、と問いたくなる。が、ジルケの意思確認は大事だった。


 何せ、仮面舞踏会でルフィナ嬢の護衛をするのがジルケだからだ。

 その後も護衛をしたいと言っているのだから、ルフィナ嬢に危害を加えることはないだろう。また、俺たちの邪魔も。


 だからこそ、その腹の内は知っておきたかった。

 ルフィナ嬢が承諾してくれるのであれば、長い付き合いにもなるだろうし。俺自身、信頼できない者を、ルフィナ嬢の傍に置きたくはない。


「マクギニス嬢にも言いましたが、猫が好きなんです。けれど、このような出で立ちをしているせいか、逃げられてしまうことが多くて」


 一瞬、モディカ公園での出来事を思い出した。


「何とかお近づきになりたくても、マクギニス伯爵家では護衛を必要としていないらしく。とはいえ、私はメイドという柄でもないので」

「そうか? できそうに感じるが」

「無理です! 安易に考えているようですが、彼女たちのような振る舞い、仕事内容……出来るとは思えません」

「……分かった分かった。だが、猫を愛でていたら、護衛が務まると思っているのか?」


 動機は理解できるが、職務を全うできないのは困る。


「公私混同はしないように致します。それから、今後も協力しますから、何卒~。団長~」

「……考慮しておこう。ルフィナ嬢が嫌だと言えばそれまでだしな」

「それは、先ほどの仕返しですか?」

「何のことだ?」


 俺は椅子から立ち上がり、ジルケに背を向けた。

 そろそろ遠い未来よりも、明後日のことを考えなくては。そう、仮面舞踏会のことだ。


 ルフィナ嬢の機嫌が直っているといいのだが……。

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