第24話 二通の手紙
「ルフィナ~」
心配そうな声を出しながら、私の胸に飛び込んでくるピナ。
帰宅してすぐに、ベッドにダイブしたのが原因だろう。顔の火照りが引き、ベッドから起き上がると、部屋の中は猫だらけだった。
いつも落ち込んでいた時は、そうしてほしいと頼み込んでいたからだろう。今回は違うと分かっていても、どう対処していいのか、ピナも判断し兼ねたようだ。
その結果、猫たちが招集されたらしい。
けれど、ピナが私の傍に来たのを機に、猫たちは離れて行った。
「大丈夫。もう落ち着いたから」
「ん~」
安心させるように言ったのだが、ピナは不満げに擦り寄ってくる。
「何?」
「何でもない~」
「そんなわけないでしょう」
「ん~」
頭や体を優しく撫でても、ピナは答えようとしなかった。すると、部屋の扉がノックされた。
「お姉様。クラリッサです。入ってもよろしいですか」
コロコロした可愛らしい声を拒否することなどできようか。私はクラリッサを部屋に招き入れた。実際は猫たちが周りにいるため、声をかけただけ。
けれど、そんなことで機嫌を斜めにするクラリッサではなかった。
「あら、お客様がこんなにも。ふふふっ。そんなお姉様に郵便物のお届け物です」
「クラリッサが? 珍しいわね」
「だって、あんなお姉様を見て、気にならない方がおかしいですわ」
今日はカーティス様との打ち合わせで、出かけていたことは承知済み。好奇心旺盛なクラリッサを止めるのは、
私は早々に諦めて、隣を叩いた。
「ふふふっ。それで何があったんですか? お一人で帰られたところに、このようなお手紙を渡しに来るなんて。何かあったとしか思えませんわ」
楽しくて仕方がない、と顔に書いてあるクラリッサを横に、私は表情を曇らせた。
「ですがその前に、この手紙を読んでください」
「……話を先に聞きたかったのではないの?」
「勿論そのつもりでしたが、お姉様は何でも後回しにしてしまいますでしょう。この手紙だって、ここで読まなかったら、一カ月は放置されそうなので」
「さすがに一カ月はあり得ないわ」
「そうでしょうか。あのドレスだって、なかなか開けようとはしなかったではありませんか。さらに、先ほど届いた小包も、未だ未開封です」
クラリッサの視線がクローゼットから、私の机へと注がれる。仮面舞踏会のドレスにと、カーティス様に買っていただいたブローチが入った箱に。
持ち歩くこともできたのだが、失くすといけないと思い、伯爵邸に届けてもらったのだ。
帰宅してからすでに三時間以上は経っている。クラリッサに返す言葉もなかった。
「騎士団長様からいただいたものだから、開けられないんですよね」
「……えぇ」
「それなら、この手紙とて同じことです」
突き出された手紙。本来なら、無礼を働いた私が、真っ先に出すべきものなのに。
痺れを切らしたクラリッサが、私の手を引いてその上に乗せる。さらにペーパーナイフまで。我ながら頼りになる妹である。
◆◇◆◇◆
ルフィナ・マクギニス殿
先ほどは部下が失礼をした。明後日の仮面舞踏会は、あの者がルフィナ嬢の護衛を務めるのだが、問題はないだろうか。
もしも、不愉快に感じたのであれば、すぐに返事をしてほしい。別の者を手配する。何か希望があれば、それも含めて……。
いや、今日のことは、前もって伝えていなかったことが原因だ。俺の配慮が足りず、申し訳ない。明後日までに直せる自信はないが、それでも気をつけるつもりだ。
何でもいい。率直な意見を待っている。
カーティス・グルーバー
◆◇◆◇◆
何、これ。無礼を働いたのは私なのに、カーティス様から謝罪の手紙が届くなんて。もしかして、ジルケが叱られた? 私が突然帰ったせいで。
「お姉様?」
「ごめんなさい、クラリッサ。今から返事を書かなければいけなくなったわ」
「分かりました。すぐに手配できるように、こちらも準備します」
私が机の前にある椅子に座ったのと同時に、扉が閉まる音が聞こえた。
急がなければ、ジルケではない人物が護衛になってしまう。
カーティス様は団長なのだから、その判断は間違っていない。けれど私は、近衛騎士団の中にいる女性団員など、把握していないのだ。
ジルケは私に好意的だったけれど、他の団員は? それを考えただけでゾッとした。
◆◇◆◇◆
カーティス・グルーバー侯爵様
今日はありがとうございました。楽しいひと時をくださったばかりか、このようなお手紙まで。過分な配慮に感謝いたします。
加えて護衛のことなど、こちらでも仮面舞踏会について調べていたというのに、危機管理不足で申し訳ありません。
ブルメスター卿については何も失礼なことは一切なかったので、叱らないでください。
カフェでの出来事は、私が勝手に戸惑ってしまった結果なんです。詳細については、誠に勝手ながら聞かないでください。
護衛もそのままでお願いします。
お詫びにつきましては、一度だけモディカ公園やお母様を通さずに、ご依頼を引き受けることでご容赦ください。
明後日の夕方、お待ちしております。
追伸。
カーティス様に直していただきたいところはありません。むしろ、私の方が多いと思います。
ルフィナ・マクギニス
◆◇◆◇◆
「最後の一文はない方がいいかしら」
いや、と私は首を横に振った。カーティス様の手紙からは、私に嫌われたのではないか、という気持ちが文面に出ていた。
それを払拭するには、これくらい書かなければ伝わらない、と思う。
カーティス様の気持ちに気づいてしまった以上、私も誤解されたくなかった。多分、私もカーティス様のことが好きだから。
でも、今は仕事が、依頼が優先。失敗できない案件だし、集中しなければ私もどうなるか分からない。
私は小包の傍にある紙に視線を向けた。カフェから立ち去る時に、思わず持って来てしまった紙。
「気を引き締めなくちゃ」
私は手紙をクラリッサに。ピナには白猫を通して、紙を処分した旨を伝えるように頼んだ。勿論、手紙がカーティス様の元に届く頃を見計らって。
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