エピローグ 忠犬騎士団長様は怖くない

第47話 ある一人と一匹の下心

「どうかなさったんですか?」


 王城からの帰り道、マクギニス伯爵家へ向かう馬車の中で、私はカーティス様に声をかけた。

 ぶすっとした顔で隣に座られれば、誰だって聞くだろう。いや、この場合、聞いてほしいのかもしれない。もうそれくらいは分かるほど、共にいる様な気がした。


 実はシュッセル公爵家の汚職が、思った以上に難航しているのだ。そのため、私とカーティス様は婚約から半年経った今でも、結婚できずにいた。

 ある意味、仮面舞踏会並びに婚約破棄宣言で、酷い目に遭わせた私への嫌がらせかと思うほどだった。


「俺はまだ、猫たちに嫌われているのではないか、と思ってな」

「突然、何を?」

「あぁ、まぁ、これは独り言のようなものだから、聞き流してくれ」

「はい」


 カーティス様の猫に対する悩みは、多くある。何せ、彼らは『忠犬』という言葉に反応してしまうからだ。

 違うとピナを通して伝えても、しばらく経つと忘れてしまうらしい。そのいたちごっこに私も疲れ果ててしまい、放置することもしばしば。だからまた、その件だと思った。


「この間、巡回の最中にモディカ公園へ行ったんだ」

「はい」

「団員たちが、気晴らしに休憩がてら行ってきてはどうか、とな」

「カーティス様が普段からお疲れなのを、皆さんも気づいていらっしゃるんですよ」


 私が差し入れを持って行っても、温かく迎えてくれる近衛騎士団の皆さん。お疲れのところにお邪魔するのは悪いと思っているのだが、カーティス様のため、と言われれば断れなかった。

 そこまで団員さんたちに慕われているカーティス様だ。私もうんうんと頷きながら、先を促した。


「しかし、肝心の癒しがな。ないんだ」

「……グルーバー邸に帰れば、ラリマーがいますよ」

「ラリマーはどちらかというと、下心があって接してくれているように感じるんだが……」


 率先して、自ら連絡役に買って出てくれたラリマーが、下心?


「分からないって顔だな」

「……猫のことなのに、不甲斐ないです」

「そう拗ねないでくれ」


 腰を引かれ、頬にキスされる。今は馬車の中だからか、カーティス様も遠慮がなかった。


「下心があるのは、カーティス様の方では?」

「確かにな。ラリマーよりはあると自覚している」


 そういうと、横髪を耳にかけられ、こめかみに再び。私はいた堪れなくなり、音を上げた。


「分かりました。分かりましたから、ラリマーのことを教えてください!」

「構わないが、結果は同じだぞ」

「どういう意味ですか?」

「俺がルフィナを、グルーバー侯爵邸に連れて来るからだ」


 休日にお邪魔しに行っているというのに、何を? と思い始めた途端、その真意に気がついた。


「ラリマーにとって俺はネギを背負ったカモ、というわけなんだよ」

「っ! しかし、ラリマーの望み通りになるには、まだまだ時間がかかりそうですね」

「そうだな。このままグルーバー侯爵邸に帰れるといいんだが……」


 カーティス様……。


「あと、ルフィナの口から“様”が取れた、俺の名前も聞きたい」

「ぜ、善処します……」



 ***



 自室に着いたのと同時に、私は深い溜め息を吐いた。


「猫たちのこともそうだけど、私もいい加減にしないとなぁ」

「おかえり~、ルフィナ~。どうしたの~。また悩み~」


 スッと姿を現した、私に憑いている白猫のピナ。帰って来る度に、カーティス様のことや王城での出来事に一喜一憂していたから、ピナの方も慣れた様子だった。

 だから私も、素直に答える。


「うん。カーティス様のこと」

「今度は何~」

「……いつものこと、だよ」


 ピナはそれだけ聞いた後、しばらくの間、部屋の中を旋回した。半透明だけれど、まんまると太った白猫が、優雅に飛んでいるのは可愛い。

 カーティス様の言う通り、癒しだなぁ、と思っていると、ピナが私の膝に降りてきた。


「何度言っても伝わらないのは~、ルフィナが原因かもよ~」

「どういうこと?」

「ん~。カーティスに対して、よそよそしい~?」

「っ!」


 思わずピナに抱き着いた。


「“様”をつけて呼んでいるから?」

「多分ね~。僕はつけていないよ~」


 ピナがカーティス様って? 想像ができない。


「そっか。つまり、私の努力次第なのね」

「僕はルフィナのペースでいいと思うよ~。猫たちも気にしないし~。カーティスも気長に待ってくれるよ~」

「でも、婚約してから半年も経っているわけだし。そろそろ言えるようには、したいと思っているの」


 そう、頭では分かっているのだ。催促されたからじゃない。

 私も「カーティス」と言いたい。でも、本人を目の前にすると言えなかった。


「ルフィナは~。カーティスの嬉しい顔は見たくない~?」

「ううん。見たいわ」

「勇気、出ない~?」

「……どっちかっていうと、緊張して言えなくなるの」


 多分、それが一番近いと思った。するとピナは、その可愛い糸目を八の字にする。


「それなら~。こういうのはどうかな~」


 一度体を浮かせたピナが、そっと私の耳元に囁いた。ある解決策を。

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