第33話 結末の先に……

 茶トラを埋葬したのは、翌日。

 即日にしなかったのは、皆でしたかったからだ。見送りを。あの場にいた猫たちと共に。


 また、昨夜は事の結末を聞きたくて、お母様の帰りを待っていた。

 けれど、やはり慣れない仮面舞踏会。エスコート役のカーティス様の存在。さらには潜入調査という緊張の連続で、私の体力と気力が底をついてしまったのだ。


「お話を聞かせてもらえますか、お母様」


 そうして今、疲れきった顔のお母様の前に立っている。勿論、執務机の前で。


「あぁ。ドリス王女の話によると、床に叩きつけられた茶トラを持ち上げた途端に、猫たちが地下に現れて、一気に押し寄せたんだそうだ」


 檻に入れられていた少年少女は勿論のこと、その場にいたオークションの品であったものたちも驚いてしまい、騒ぎがさらに拡大した。

 無理もない。室内に猫がひしめいている光景など、そうそうお目にかかる機会はないだろうから。


「案の定、オークションに出品されるものたちは大わらわ。偶々たまたま居合わせたというシュッセル公子は、奥の壁で身動きが取れずにいたところを――……」

「お縄についた、というわけですか」

「ノハンダ伯爵の言う通り、品物の購入から搬入まで、シュッセル公爵名義でやっていたからな。さらに護衛たちも、公爵から借りていたらしい」

「あっ、だからあの時、落ち着いていたんですね」


 会話内容はうろ覚えだったから、これで納得した。ということは――……。


「ノハンダ伯爵はドリス王女の協力者だったんですか?」

「本人は途中から鞍替くらがえしたと言っていたが、どこまで本当か、怪しいものだがな」

「でも何故ですか? 王族とはいえ、シュッセル公爵よりもドリス王女につく理由が分かりません」

「馬鹿者。人の心理を表面上だけで考えるな。下の者とて、自らを使ってくれる者を見定める。ノハンダ伯爵にとってシュッセル公爵は、それに値しなかった。ただそれだけだったということだ」


 なるほど。今回シュッセル公子の方を調べたが、子が子なら親も親なのだろう。それでも権力に群がるハエは絶えない。


「たとえ協力者であっても、仮面舞踏会にオークション。さらには取引不可の品物の出品まで。それらを主導、手引きをしたのだから、罪は免れん。が、大きさとしては、やはりシュッセル公爵の方が上だ」

「それはつまり、ドリス王女の思惑通りになったということですか?」


 降嫁先こうかさきに相応しくない。それさえ認めさせればいいのだから。


「まぁな。グルーバー侯爵様がさらに口添えをしたのだから、婚約者候補からは消えただろう」


 ホッと一息ついたのも束の間。カーティス様の名前を聞いて、私は動揺した。


「それでお前はどうするつもりなんだ?」

「えっ!」

「グルーバー侯爵様は本気のようだぞ」

「いきなりそんなことを聞かれても……困ります」


 本音としては「こんな心境で答えられるか!」ではあるが、そんなことを言えるはずもなく。私は静かにカーテシーをして執務室から出ていった。



 ***



「クソッ!」


 首都の繁華街で、壁に悪態をつける男。ここではよく見かける光景だ。

 一晩で身ぐるみを剥がされたり、やけ酒の末に叩き出されたり。しまいには美人局つつもたせに遭って、身も心もボロボロになるケースもある。

 故に、それがこの国でも指折りな有力貴族の令息であっても、皆、見ぬ振りをするのだ。


 自業自得だろう。ここで遊ぶのなら、もっと紳士的に、スマートにやるのが貴族だ、とでもいうように。


 その男の目にも、彼らの姿はそう映ったのだろう。男の行動はさらにエスカレートしていった。


「たかだが、あの程度のことで騒ぎやがって」


 裏路地に置いてあるゴミ箱を蹴る。


「謹慎だぁ、徐免だぁ。そんなこと、知ったことかよ!」


 飛び散ったゴミがズボンにつき、払うようにしてまた壁を蹴る。


「クソ親父めっ! あれくらいどうにかできるだろうが!」


 その瞬間、鈍い音がする。何度も壁を蹴れば、いずれそうなることを男は知らなかったらしい。足を抱えて悶絶していた。


「そもそも、アレがあの場にいなけりゃこんなことには……」


 涙目になりながら、男はゴミ箱が飛んだ先を見る。するとそこには……。


「いなければ。いや、いちゃいけないんだよ、なぁ」


 散らばったゴミに近づく三毛猫を見て、男はニヤリと笑った。


「猫なんかさ」

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