第44話 忠犬騎士団長の猫可愛がり

 カーティス様にエスコートされながら、王城を歩くこと十五分。ヴェルナー殿下の執務室に着いた。

 途中、王城で働く猫たちに遭遇して、足止めを食らう出来事があった。


 何せ、カーティス様を慰労するために、近衛騎士団が在留している建物には度々訪れていたが、同じ敷地内にある王城へは、一歩も足を踏みに入れていなかったからだ。

 猫たちからしたら、自分たちも労え、ということらしい。


 元々は、宝物庫や書簡庫、図書館など、ネズミが出易い場所に猫を置いたのが起源である。

 我がマクギニス伯爵家がいつ、猫憑きになったのか。彼ら猫を使役できるようになったのか、などは分からない。けれど、それら猫たちの管轄を任されていた。


 そんな猫たちだが、実は彼らもシュッセル公子の被害に遭っていたと、報告を受けた。

 宝物庫の番をしていた猫が邪魔だったのか、誘い出しては、その隙に中の物を盗んでいたらしい。それらはすでに換金されてしまい、もう後を追うことができなかった。


 報告を聞いたお母様はカンカン。黒猫のシーラは、しばらく王城にいる猫たちを監視する名目で、今も居座っているらしい。

 実際は、各自持ち場を離れられない猫に向けて、説教に回っているのだそうだ。


 故に、私を見かけた猫たちから、どうにかしてくれ、と訴えられたのである。


「ようやく来たか。待ちくたびれたよ」


 扉の音に気がついたのか、執務机に乗っている書類の山から、ヴェルナー殿下が顔を出した。


「会うのは初めてだね、マクギニス嬢」

「はい。お初にお目にかかります。折角、私とカーティス様の婚約をまとめて下さったばかりか、婚約式の日取りまで決めていただいたのに……」


 そう、ヴェルナー殿下は出席できなかったのだ。カーティス様が式に出席するため、その間にできなかった仕事をしていたらしい。

 何から何まで、本当に出来た人だ。この方を支えてくれる人物が現れることを、切に願った。


 そんなヴェルナー殿下は、私が丁寧にカーテシーをしている間に、椅子から立ち上がる。


「いいっていいって。私が好きでやったことなんだから。それよりも、カーティスが妨害していなかったかい? 早く連れて来いって言っていたんだけど、ずっと渋っていてね」

「そうだったんですか? 私にはヴェルナー殿下がお忙しいから、なかなか調整が取れない、と伺ったんですが」


 どういうことかしら、とヴェルナー殿下と共に、視線をカーティス様の元へ。すると視線を逸らしながら、執務室にある応接セットの長椅子に腰かけた。


「二人とも。立ち話もなんだから、座ったらどうだ」

「カーティス。ここは私の執務室であって、騎士団の詰所じゃない」

「だが、俺の仕事場の一つでもある」


 平然と言うカーティス様を見て、私はクスクス笑いながら隣に腰を下ろした。


「噂は兼ねがね聞いていましたが、本当に仲がよろしいんですね」

「どんな噂か気になるところだけど、その前にもう一人、呼んでもいいかな?」


 向かい側の長椅子に、ヴェルナー殿下も腰かけると、唐突に尋ねられた。


「構わないが、変な者じゃないだろうな」

「おいおい、ここに呼んでもいい人物なんて、限られているってことを忘れてないかい?」


 そうだったか、とでもいうようにカーティス様が首を傾ける。途端、扉が勢いよく開いた。


 絹のように美しい銀髪。その人物の動きと共に、ピンク色の髪飾りも揺れる。はしゃぐようにして現れたのは――……。


「ドリス王女様!」

「もう! いつまで経っても来ないし。お兄様もなかなか呼んでくださらないから、来てしまいましたよ!」


 ヴェルナー殿下に抗議を示しながら、何故かドリス王女は私の横に座った。しかも、腕を組まれる始末。


「こうなることが分かっているから、前置きをしたかったんだよ。ほら、カーティスの眉間に皺が寄っている」

「王城で、あれほど噂になることをしておいて、まだ足りないというの?」

「噂?」


 私は左にいるドリス王女を見た後、右にいるカーティス様に顔を向けた。


「まぁ、マクギニス嬢はご存知ないの?」

「カーティスの話によると、ドリスの噂も知らなかったくらいだからね。自分の噂には疎いんじゃないのかな」

「ヴェルナー!」

「そんな、大声を出さないでよ。マクギニス嬢が怯えてしまうよ」


 ハッとなって横を向いたカーティス様に、私は笑顔で返した。

 実は、騎士団に出入りするようになって、大声には多少、免疫ができたのだ。けれど、カーティス様には伝わっていなかったらしい。


 両肩を掴まれ、そのまま引き寄せられた。と同時に、私からドリス王女を引き離す。


「すまない。大丈夫か?」

「はい。大丈夫ですから、離してください。殿下たちの前ですよ!」

「ふふふっ。大変ね。でも、これが噂になっていた、『忠犬騎士団長の猫可愛がり』ってやつね」


 な、な、な、何ですか! その噂は!! 驚きのあまり、私はカーティス様を突き飛ばした。といっても私にやられるようなカーティス様ではないけれど……。


「ド、ドリス王女様。そ、その噂はいつから……?」

「貴方たちが婚約する少し前よ。だから、お兄様が「一層のこと、早めに婚約させた方がいいんじゃないか」って、周りに勧めたの」

「だって、風紀を乱すことを騎士団長が自らやっていたら、示しがつかないだろう。だから、さっさと婚約させれば、周りも納得するし、一石二鳥だと思ったんだ」

「……ヴェルナー殿下。大変ご心配をおかけしました。そのことについては、カーティス様とよく話し合いますので、ご安心ください」

「うん。任せたよ」


 ニコリと笑うヴェルナー殿下とは逆に、私はカーティス様を睨みつけた。


 いくら牽制でも、こんな噂ができるほどされていたなんて……。これからは節度を守ってもらわなくては!

 それを甘んじて受けていた私も、いけないんだろうけど……。


「まぁまぁ、マクギニス嬢。カーティスなんか放っておいて、私とお話しない?」


 上辺遣いで言うドリス王女。本当に私の一つ年上なのか疑わしい、可愛らしい顔と声で誘われて、断れるものがいるだろうか。

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