第12話 ルフィナの怒り(1)

「ピナなんか、大っ嫌い!」


 カーティス様がお帰りになると、私はそのまま自室に直行して、ベッドにダイブした。

 部屋の外からピナの声が聞こえてきたが、答えるつもりはない。布団を頭まで被って無視を決め込んだ。


 だって、カーティス様の前に現れるんだもの。それだけだって許し難いのに、あんなことまで言うなんて!


 本当にもう知らない! ピナなんて!



 ***



 遡ること数分前。

 突然現れたピナに、カーティス様は驚いていた。


 無理もない。私たちマクギニス伯爵家の女は、自分たちに憑いている猫を、他の者に見せるようなことはしないからだ。

 嫌がられたり、差別の材料にされたりと、苦い経験の末に身につけた行為だった。


 人は自分と違う者を排除したがる。生まれや生き方、性格など十人十色だというのに、なぜか同じじゃないと納得しない。理解しない生き物だ。

 排除して排除して、自分たちの王国を作り上げる。


 そうやって、私は普通の令嬢たちと距離を取っていた。カーティス様もきっとそう。他の令嬢たちと同じ反応をするに違いない。


 恐る恐る、顔を上げた。けれど、直視まではできなかった。


「えっと、君はもしかして……ルフィナ嬢の」

「そ~。ピナだよ~」


 私は卒倒しかけた。カーティス様の反応ではなく、ピナに対して。


 な、な、何で自己紹介しているのよー!


「さっきも言ったけど、あの子は連絡係~。話しかければ、僕を通してルフィナに繋がるよ~」


 カーティス様の前で、ふよふよと浮きながら、尚も話しかけるピナ。


「何か合図のようなものはあるのだろうか」


 ぬいぐるみのような大きな猫。それも半透明な浮遊体を見て、物怖ものおじしないカーティス様。


「ないよ~。必要なら作る~?」

「いや、問題ない」


 そんな二人のやり取りを見て、私は急に恥ずかしくなった。

 カーティス様を、『猫憑き』という言葉だけで判断してきた者たちと、同列に扱ってしまったことに。

 いや、そうじゃない。思い込みでそうだ、と決めつけた私自身に。


 モディカ公園で出会ってから、カーティス様は偏見を持つような方ではない、と知ったばかりなのに。もう忘れてしまったなんて。

 失礼にも程があるわ。


「それとは別に、一つ聞いてもいいだろうか」

「ん~。いいよ~。何~?」


 そんな私の思いとは裏腹に、二人の会話は続いていた。


「俺には君が見えているんだが、そういう体質なのか、というのは考え辛くてな。だから君が見えるようにしてくれているのだろうか」


 カーティス様の言葉にドキッとした。


 そうだ。普段のピナは他の人には見えないはず。つまり……。


「正解~。でも、依頼人になったからじゃないよ~」


 マズい……。


「ん? どういうことだ?」

「それはね~、認めたからだよ~」

「認めた……。つまり、もう猫たちに避けられない、ということか?」


 そう言うことではないのです。けれど、そのまま誤解していてください。なんだか、ピナも誤解しているみたいなので……。


 という私の想いは、ピナに届かなかったらしい。いや、無視された、と言った方が正しいのかもしれない。


「避けないよ~。そんなことをする奴がいたら、僕がお仕置きするからね~」

「いや、そこまでする必要はない。好き嫌いは自由にしていいのではないか?」

「ダ~メ~! 僕が認めたルフィナの相手なんだから~」

「相手? どういう、意味だ?」


 良かった。ピナが言葉足らずで。


「エ、エスコートの相手です! 仮面舞踏会の。ピナは私を通して事情を知っているんです。だから、その相手」

「違うよ~」

「違わない!」


 否定するピナに手を伸ばす。が、向こうも私の意図に気づいて、上へ逃げていく。


 こんな時、精神が繋がっているのは不便だと実感する。それも一方的だから質が悪い。

 私の想いや考えを汲み取っている、とピナは思っているようだが、都合の良いように解釈している場合もある。


 今回がまさにそれだ。

 普段、異性に心を開かない私が、珍しく褒めたものだから、勝手に“お相手”認定をしてしまったのだ。


 それをカーティス様に知られるわけにはいかない。知られたら最後、恥ずかしくてお会いすることは、もうできないと思うから。


 けれど、ピナは止まらなかった。私から逃げるように、カーティス様の背後に回ったのだ。


「ルフィナを裏切ったら許さない、という意味だよ~」

「ピナ!」

「なるほど。それなら大丈夫だ。俺はルフィナ嬢を裏切らない。誓ってもいい」

「っ!」


 さすが忠犬……じゃなかった。ピナの言葉に、とんでもない返答をしないでください!

 さらに誤解しちゃうじゃないですか!


 もう知らない!


 居た堪れなくなった私は、別れの挨拶をすることなく、逃げるように邸宅へと駆けて行った。

 それほど余裕がなかったのだ。何もかもが。

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