第13話 ルフィナの怒り(2)

 そうして私は今、未だベッドの上にいた。

 布団に包まり、音を遮断する。耳を塞いでみても、聞こえてくるピナの『声』


『ルフィナ~。どうしたんだよ~』


 これは部屋の外からじゃない。直接、頭の中に話しかけてきているのだ。


『ねぇってば~。何でそんなに怒っているの~。入ってもいい~』


 しばらくはピナの顔なんて見たくないほど、私は怒っているのに、その理由が分からないなんて。

 さらに私の怒りに火をつけた。


 手元にあった枕を、扉に向けて投げる。ボスンという鈍い音は、畏怖いふを与えるには程遠く、威嚇いかくすらならない。

 けれど理解してくれたようだった。『声』は止み、気配も遠退とおのいていく。


 目をつむると、後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら離れていくピナの姿が見えた。

 それほど深く繋がっている、私とピナ。


 生まれた時から共にいる、家族以上の存在であり、楽しい時も辛い時も、共感してくれる。心を映す鏡のような存在でもあった。

 今までの私は、代わりに喜怒哀楽を示してくれるピナを、心地よく感じていた。


 しかし、今回のように私の感情を先走るのは許せない。勝手に“お相手”に選ぶことも!


 ピナのことは好きだし、大事だけど、私たちは個々の存在だ。

 別々の人格を有し、それぞれの世界を持った、独立した個体。


 こんな風に干渉してほしくない。


 けれど私の部屋には、未だピナの気配が薄っすらと満ちていた。マクギニス伯爵邸にいる限り、消えることのない気配。


 そこに入り込んだザラっとした感触に、私は布団をめくった。

 上半身を起こし、扉を見つめること数秒。待っていたとばかりに、扉がノックされた。


「お姉様。クラリッサです。開けてもよろしいですか?」


 甘くて柔らかな声につられて、私は入室の許可を出した。


「まぁ、お姉様ったら。いくら自室でも、身だしなみは綺麗にしてください。お姉様は私の自慢なんですよ」


 クラリッサは私の姿を見るなり、駆け足でベッドに近づいてきた。

 揺れるオレンジ色の髪。華やな顔立ちを象徴するかのような緑色の瞳に見つめられると、堪らなかった。


 まるで物語のヒロインのように可愛い、クラリッサ。

 頭を撫でたくて手を伸ばすが、クラリッサの手が私の髪を掴む方が早かった。


 おさげにしていた髪を解き、いつの間にか手にした櫛で、ゆっくりととかし始めたのだ。


「後ろを向いてもらえますか?」


 あんにとかし辛いというクラリッサの言葉に、私は素直に従った。これではどちらが姉か分からない、と思うだろう。けれど私は、全く気にならなかった。


 クラリッサが私を自慢というように、私もまたそんな妹が自慢だったからだ。余所へ出したくないほどに。


「本当に優しい子ね、クラリッサは。ピナに泣きつかれたのでしょう」


 しかし、そんな姉と語らいに来たのではないことくらい、分からない私ではなかった。


「……はい。すみません。ルール違反だとは思ったんですが、私も気になったものですから」

「そうね。いくら家族でも、お互いトラブルに首を突っ込まない、というのが我が家のルールよ。特に憑いている猫との間で発生したトラブルなら、尚更。それを分かった上でなら、怒らないわ」


 そう、マクギニス伯爵家には、他の家門にはない特殊なルールがある。

 猫と人間の間で起こった出来事は、双方で解決するべし!

 これは、他者が介入して、大きな騒動に発展させないための処置だった。


「良かった。私まで怒られたらどうしようと思っていたんです」

「まさかっ! 私がクラリッサを怒るなんてあり得ないわ!」

「でしたら、聞かせてくださいませ。一体、ピナは何をしたんですの?」

「それ……は……」


 お願い。そんな目で見つめないで、と私はクラリッサから目を背けた。

 しかし、クラリッサも手を緩めない。


「さっき馬車で送ってくださった方と関係があるんですか?」

「み、見ていたの?」

「いいえ。メイドたちが騒いでいるのを聞いたんです。ちょっと怖そうな殿方という話から、スラッとして格好いい、とも。お姉様、真相はどっちなんですか!」


 良かった。ピナの頼みというより、メイドたちの話が気になったのね。さすが私の可愛いクラリッサだわ。


 頭を撫でた途端、頬を膨らませたその顔も可愛い。


「お姉様!」

「ごめんなさい。あの方はカーティス・グルーバー侯爵様よ」

「えっ、もしかして、忠犬と言われている、近衛騎士団長様ですか!?」


 クラリッサの驚く顔を見て、思わず昨日の自分を思い出した。

 きっと、犬が我が家に来たという衝撃で、頭がいっぱいになっていることだろう。カーティス様を知った今の私と違って。


 そんなところも可愛く思いながら、私はクラリッサに一連の出来事を話した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る