第14話 癒しの存在
「まぁ、それはお気の毒と言いますか、申し訳ないと言いますか……」
クラリッサに一連の出来事を話し終えると、そんな感想が返ってきた。
勿論、カーティス様に対してのだ。
「これはお姉様が引き受けてしまうのも、無理はありませんわ」
「ありがとう、クラリッサ。お母様には断りに言ってくると、大きな声で言ってしまった手前、少しだけ不安だったの」
あんな威勢のいいことを言って出て行ったのに、結局引き受けてしまったのだ。自分で自分の顔に泥を塗ったのと同じこと。
ピナのこととは別に、頭を悩ませる案件だった。
「お母様に何て言われるか……」
「きっと褒めてくださいますわ」
「そうかしら」
「はい!」
あぁ、なんて可愛いのかしら。私の妹は!
思わず抱き締めて、頭を撫でた。メイドたちによって美しく手入れされたクラリッサのオレンジ色の髪は、滑らかでさわり心地がいい。
「クラリッサは本当に良い子ね」
「ふふふ。そう思ってくださるのなら、ピナが何をやらかしたのか、そろそろ教えてもらえませんか?」
「あらっ」
こういうところはクラリッサもお母様の娘ね。油断できないわ。
「実はピナが、カーティス様を私の“お相手”認定してしまったの」
「今朝まで避けていた方に……ですか?」
事実だけあげると、確かにおかしな話だった。
「しかも一週間、ずっと避けていたのに……。そのくらい気に入られたのですね」
「……誰が?」
「お姉様ですよ。それ以外、誰がいるというのですか?」
「……ちょっと待って、クラリッサ。そうなると私は誰を気に入ったって?」
何だか雲行きが怪しくなってきた。
しかし、私の気持ちとは裏腹にクラリッサは笑顔で答えた。それも飛びっきり可愛らしい笑顔で。
「勿論、騎士団長様ですわ」
「忠犬よ。あり得ないわ」
「騎士団長様は、本物の犬ではないんですよ?」
安心して、クラリッサ。ちゃんと分かっているから。
それに本物の犬が騎士団の団長をしていたら、メゼモリック国は他国から笑い者にされてしまうでしょうね。
「先ほどまで一緒にいたのだから、そのくらい知っているわ」
「で、あるならば、何が不満なんですの?」
不満……。
「お姉様が先ほど仰っていたではありませんか。騎士団長様は優しい方だって。お姉様だけでなく、猫たちに対しても配慮してくださる方なのだと。“お相手”として、完璧ではありませんか?」
「……私はまだ認めていないわ」
「え?」
「ピナが勝手に決めて、勝手にカーティス様の前に姿を現したの」
「まぁ」
口元に手を当てて、驚くクラリッサ。しかし、事の重大さに気づくまでは遅かったようだ。
徐々に顔が青ざめていく。
「た、大変ではありませんか! 今すぐにお母様に知らせなければ」
「落ち着いて、クラリッサ。カーティス様はピナを見ても、動じていらっしゃらなかったから」
「……ほ、本当ですか?」
「えぇ。普通に会話していたわ」
私はその時の光景を思い出した。
ピナの登場に驚いてはいたけれど、表情に
むしろ、興味深そうに観察していた。値踏みともまた違う、そんな視線だった気がする。
「でしたら、何も問題ないのでは?」
「……?」
私の腕から抜け出したクラリッサは、正面に座り直して首を傾げた。逆に問題はありまして? とさらに視線で問いかける。
私は返答に困ってしまった。
これは、問題があるとかないとか。そういう話ではないからだ。
何というか、モヤモヤし過ぎて上手く言葉にできないのだけれど。
そんな私の心境を察してくれたのか、クラリッサはニンマリと笑い、立ち上がった。
「ピナのことでしたら、心配しないでくださいませ。こちらでたっぷりお灸を据えときますから」
「え、えぇ。お願いするわ?」
「だからお姉様は、ゆっくりと気持ちの整理をつけながら、お仕事に専念なさってください」
そう言い終えると、今度は満足そうな顔で扉へ向かって行ってしまった。
唖然と見送る私。戸惑い、かける言葉すら浮かばない。
気持ちの整理……。そうね。ピナとこのままっていうわけにはいかないから。でも……。
そんな私の気持ちを置き去りにしたまま、クラリッサは部屋の外へ。しかし扉を閉める際はしっかりと、用件を口にした。
「あっ、あと。そこにあるドレスを試着なさる時は呼んでください。絶対にですからね」
メイドから私の部屋にドレスが運び込まれたことを聞いたのだろう。
相変わらず、目敏い子だと感心した。
「分かったわ」
扉が完全に閉まると、部屋の中は再び、ピナの気配だけになった。
***
一人、取り残された私は、クラリッサの言う通り、ゆっくり考え始めた。
ピナのこと。カーティス様のこと。仕事のこと。
「仕事……っ!」
マズい……。あまりの衝撃で、すっかり忘れていたわ。
すると待っていたとばかりに、部屋の扉がノックされた。
「お嬢様。ご主人様がお呼びです」
「……すぐに行くと伝えてもらえる?」
「畏まりました」
メイドは何事もなかったかのように、扉の前から去っていった。
室内で私が、冷や汗を垂らしているとも知らずに。
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