第38話 姉妹の絆

 シュッセル公子とのデートを、カーティス様に見られてから一週間が経った。


「クラリッサ。本当にいいの? デビュタントは、別に今日でなくてもいいのよ」

「何を仰っているんですか。これはお姉様のためでもあるんですよ。あまり長引かせるのは、よくないと思います」


 そうですよね、と首を傾ける姿さえ可愛いクラリッサ。しかし、次の言葉で私の顔は引きつった。


「これは我が家、いいえ。猫たちの問題ですが、グルーバー侯爵様はご存知ないんですから」

「そ、そうね」

「何かあったんですか?」


 クラリッサに隠し事はできない。私は一週間前の出来事を話した。


「まぁ、大丈夫だったんですか?」

「シュッセル公子の方は、ね」


 皆、口を大にして言わないけれど、我が家を見る目は大して変わらない。猫憑きだからという理由で、平気で獣扱いをして下に見る。

 シュッセル公子は、それを隠そうともしない人だっただけ。


「問題はカーティス様かな」


 私に向けられた好意。ピナやクラリッサ。近衛騎士団の団員でもあるジルケでさえも応援してくれたのに、私は無下むげにしてしまった。

 そう、まるで裏切りにも等しい行為だ。


「お付き合いをしていたわけではないけれど、やっぱり罪悪感はぬぐえなかったわ」


 あの寂しそうな目を思い出すだけで、胸が締め付けられるような気分だった。


 私はあの時、そう仮面舞踏会での馬車の中で、カーティス様の好意を受け入れた。

 茶トラを抱いていたとはいえ、手と額に残る、あの感触。あれから何度も思い出しては、ピナに心配されるほど悶絶もんぜつしていたというのに。


「それならば、早く解決させて安心させるべきではありませんか?」

「……もう、私のことなんて忘れていると思うわ」

「ピナは違うと言っていたそうですよ。イダから聞きました」


 クラリッサに憑いているグレー猫のイダは、人懐っこくて親しみやすい。だからなのか、お母様に憑いている、気位の高い黒猫のシーラでさえも、よくじゃれ合っているのを見かけた。

 ピナは言うまでもない。だからなのか、疑問が一つ浮かんだ。


「その根拠は?」

「グルーバー侯爵邸にいる白猫です」

「えっ! もう依頼は完遂しているのよ。連絡役は必要ないのに……」


 カーティス様のことだから、引き留めるような真似はしないだろう。ラリマーと名前は付けていたけれど……。


「自主的に残っているんです。今回の件は、仮面舞踏会が終えてから、間もなかったではありませんか。グルーバー侯爵様の反応を見定めたかったのかもしれませんわ」

「つまり、ピナの命令なのね。自主的ではないでしょう」

「そうとも言いますね」


 舌を出して、クラリッサは悪戯っ子のような表情をした。


「けれどお姉様。その白猫からの話では、お姉様とシュッセル公子の婚約を調べた挙句、お母様のところまで行ったらしいですわ」

「っ!」

「それを話していた時のグルーバー侯爵様は、少しだけ落ち着いた表情をしていた、とイダが教えてくれました」

「……お母様が話した、としか思えないわね」

「はい。ですから大丈夫ですよ、お姉様。今日で終わりにしましょう」


 あぁ。なんて優しい妹なのかしら。大事なデビュタントをぶち壊そうとしている姉に、優しい言葉をかけるなんて。

 私はクラリッサを抱き締めた。


「ありがとう、クラリッサ。貴女が私の妹で良かったわ」

「私もです、お姉様」


 そうして私たちは、舞踏会の会場へと向かった。勿論、シュッセル公子が迎えに来ることなど、微塵にも思っていない。

 その答えは、会場にあるのだから。

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