第4話 依頼人は騎士団長様(2)

「悪かった。お詫びとして、依頼のこともあるから、我がグルーバー邸に来てもらえないだろうか」

「え? そんなつもりで言ったわけではありませんので、お気遣いなく」

「だが、どのみち、場所を移動した方がいいだろう」


 騎士団長様はすでに、私が依頼を受ける前提で話を進めている。

 これで私が「実は依頼をお断りするために来たんです」と言ったらどうなるだろう。突然、激高げきこうして怒鳴どなってきたりするのだろうか。

 騎士団では、指導が厳しい団長様だと聞いたことがある。


「分かりました。その代わり、この白猫を連れて行ってもいいでしょうか」

「白猫を?」

「はい」

「そういえば、今日のマクギニス嬢の服も白いな」


 あら、よくぞお気づきで。でも、残念。これは白ではなくパールグレー。

 変装というほど大袈裟なものにはしたくなかったから、探偵風とお忍びを混ぜたテーマにしてみたのだ。

 もしかしたら日差しに当たって、白く見えたのかもしれない。または、白猫を抱いているから、錯覚した可能性もある。


「騎士団長様もご存じの通り、我がマクギニス伯爵家は猫憑きですから。私に憑いている猫が、この子と同じ白猫なんです。だから自然と、似た色を選んでしまうようで」

「なるほど。通りで白が入った猫たちが集まってくるわけだ」

「集まる?」

「周りをよく見てみるといい」


 騎士団長様に促されて見てみると、確かに猫の姿が、あちらこちらに見えた。勿論、白猫もいたが、ブチや三毛猫などが、茂みからこちらを窺っている。

 もしかして、さっき私が驚いたり怯えたりしたから?


「まぁ、随分と心配をかけてしまったようですね」

「心配?」

「その、さきほど、騎士団長様に驚いてしまって。何分なにぶん、心の準備ができていなかったものですから」


 思わず洗いざらい答えてしまった。私のために集まってくれた猫たちを前に、嘘はつきたくなかったのだ。

 抱いている白猫も「にゃー」と鳴いた。


「そうね。君にも。ありがとう」


 再びギュッと抱き締めて、顔を埋めた。野良猫とは思えないほど、ふさふさしていて、しかも臭くない。


「依頼を言う前から、マクギニス嬢には何度も迷惑をかけてしまったな」

「そんなことは。ですが、心苦しいようでしたら、依頼の方は……ん?」


 騎士団長様が私に手を差し出した。


 何ですか、この手は。私は犬ではないので、お手などしませんよ。むしろ騎士団長様の方が犬ではないのですか?

 黒髪に水色の瞳など、まるでシベリアンハスキーのようではないですか。その目つきといい体格といい。とても似ていますわよ。


「向こうに馬車を用意している。そこまでエスコートさせてもらえないだろうか」

「あの、その馬車はいつから?」

「俺がモディカ公園に来るのに使っているから、そうだな。二時間ほど前からか」

「に、二時間!?」


 私がモディカ公園に着いたのは、朝の十時。


「八時からここにいらしていたんですか?」

「あぁ」

「一週間前から、ずっとですか?」

「あぁ。良かった。なかなか猫に接触できなかったから、伝わっていないのかと心配していたが、そうではなかったのだな」


 マズい。墓穴を掘った。一週間前から、モディカ公園に騎士団長様が通っているのを知っておきながら、放置していたことを、うっかり喋ってしまった。

 ごめんなさい、お母様。いや、謝る相手が違うわ。


「申し訳ございません。その、猫たちが」

「大丈夫。俺も分かっている。猫たちに避けられていたことくらい」

「はい。それで私たちも判断し兼ねまして……」

「ということは、マクギニス伯爵も知っている、ということか」


 あっ……。終わった。これは、騎士団長様の誘導尋問に引っかかってしまいました、と正直に話すしかないわね。

 でも、お母様相手に騎士団長様が萎縮いしゅくなんてするかしら。確かに親子ほど、年が離れているけれど。


「あの、騎士団長様は母と、どのような関係で? あっ、深い意味はないんです。ただ今回は私が話を聞くようにと言われたので」

「なるほど。多分伯爵は、俺が依頼する内容を知っているのだろう。だから、マクギニス嬢を指名したんだと思う」

「それは母では無理だということですか?」

「あぁ」


 騎士団長様は頷き、ご自分の手を見た後、再び私に視線を向けた。


 これはどういうことなのかしら。仮にお母様がモディカ公園で騎士団長様とお会いしても、結果は同じだったということ?

 だから、回りくどいやり方で、私に行かせたというの? なぜ?


 あっ、私が猫たちと同じで、忠犬と呼ばれている騎士団長様に対して、苦手意識を持っているから、えてこのようなことを……。


「マクギニス嬢」


 そろそろいいだろうか、と声と目で催促される。

 私は私で、この仕組まれた感じがどうにも釈然とせず、上げた手をそのまま騎士団長様の手に乗せることができなかった。

 騎士団長様に、何も非がなくても。


 すると、突然手を掴まれた。


「すまないが、もうあまり時間がないんだ。すぐに話がしたいから、馬車に乗ってくれ」

「は、はい」


 そうだった。すでに一週間も待たせている状態なのだから、騎士団長様が急かすのも無理はなかった。

 それでも、私の歩調に合わせて歩いてくれるのは、さすが近衛騎士団長様といえる。

 王妃様や王女殿下、他国の貴賓などをエスコートする方だ。


 私は白猫を落とさないように、ギュッと抱き締めながら、その騎士団長様の後ろを歩いた。

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