第17話 過去の話
「何から話そうかな。まあ無難に自己紹介から。
「ただのお見合いじゃん。ふざけてるの?」
ぽきぽきと手を鳴らす仕草をする。眉間に皺を寄せているあたりその怒りは本物だ。
「だ、だって今まで誰にも素性明かしたことないんだもん! それに山代辰樹は偽名だからここで明かしとかないといけないな、と思って」
途端に
「そっか。ごめんね。話が進まなくなるからキミに全部任せるよ」
それはもう完全に諦めた顔だった。僕は頷いて話を続ける。
「僕の本名は
それから一年くらいの教養と研修で卒業した。アイツの余計な伝手もあって東京の警察署に配属された。で、二年くらいそこで真面目に働いて、怪我もない状態で最終的に警部補まで昇進したかな。でもその成果が過大評価されちゃって、公安の道に行ったんだ。まあやっぱり父親が政治家だと国家直属の駒になりやすい……ていう感じなんだ」
割と真剣に語ろうと思ったのだが、変に長くなってしまった。警察という職業である以上複雑になるのは避けられないのだ。
なつみはそれでも嫌な顔一つせずに聞いてくれた。というより、手元に持っているメモ帳とペンがとても気になる。
「キミはそれで、私と出会うまでの一年間を公安警察として働いたんだね。お父さんの話は聞いたけどお母さんは? 無理に答えなくていいけど」
「母さんは……まあ優しくもあり厳しくもありって感じだったな。調理師免許を持ってたから料理はすごい美味しかったよ。だからけっこう胃袋は大きく育ったと思う」
「質問。好きな料理は何だったの?」
「生姜焼き一択! ……なつみさん。話の腰を折らないでください」
必死に何かを書き留めるなつみを抑え、肝心の話を切り出す。
「公安になってからだけど、僕の仕事は主に反政府組織の調査と阻止妨害をしてた。何度か死にかけたけど、それでも国民の生活と世の平和を考えたら安いもんだと思って任務を遂行していった」
「キミの命はキミ自身が考えてるほど軽いものじゃないよ。それだけは言わせて」
僕は深く頷く。決して軽んじているわけではない。ただ困っている人を助けたい。その優先順位が他の人とは違うだけだと伝わればいい。そう思った。
「それで一年くらい経った時だね。母さんが突然病気になったんだ。癌だった。しかも末期だったこともあって、どれだけお金を積んでも手が付けられなかった。父さんは意外にも嘆いたよ。アイツにも人に対する愛があるんだなって初めて気付いた瞬間だったな。でも不幸なことに母さんに半年の余命宣告が下されたんだ……」
僕はなつみに対する目線を反射的に反らしてしまった。あまり死人の姿を重ねるのは躊躇したくなったからだ。
「そんな時、母さんは言ったんだ。『故郷に帰りたい』って。アイツは東京生まれだけど、母さんは北海道出身だったんだ。長い間帰ることができなかったからなんだろうね。そしてアイツは夫らしく胸を叩いてその願望を叶えることにした。プライベートジェットを用意して、いつでも医療機器が機能するような設備を乗せて、二人は飛び立った。僕はその頃海外にいて任務中だったから行けなかったんだ。――そして事故が起きた。飛行機はバードストライクに遭って墜落。僕の両親は他界したよ」
「そう、なんだね」
なつみはそっと黙禱をささげる。もう三年も前のことだが、弔ってくれるあたり礼儀正しいと感じた。まあ実際、なつみの両親家族はいないも同然であるゆえ、心中察することは彼女にとって自然なのかもしれない。
「それからかな。僕がギャルゲーをやり込むようになったのは」
「文脈合ってるのそれ?」
「ああ、ごめん。経緯がなかったね。それを話すと長い気がするけど」
無言でなつみに視線を送る。すると「いいよ」と優しい返事をしてくれた。
「単刀直入に言うと、僕は父さんが嫌いだったんだ。アイツは政治家のくせに金で人を動かせると思ってる。心の中でも常に民間人を見下してる節があるし。おまけに仕事は秘書に任せっきりからの無責任の一点張り。政界の中でもトップクラスにクズだったよ。周りより多くの蓄えがある環境が、アイツの怠惰と優越感を生み出したんだと思う。だから僕はアイツが嫌いなんだ。もちろんすべての政治家がそうではないんだけどね。
そしてあの例の事故が起きたんだ。僕はアイツを憎んだよ。いつも誰かを駒のように扱うくせして、肝心な時に大きな失敗をする。誰かを幸せにするための責任を果たさなかったんだ。僕だったらアイツみたいに無責任な未来を選ばない。バッドエンドなんて回避して、全てをハッピーのままに終わらせる。それで出会ったのがギャルゲーさ。人生の選択肢次第で結末は変えられる。そう考えると心の底から楽しめた。まあ現実とフィクションが混同してたのは否定できないな」
自嘲気味に笑い、話を終える。なつみに信頼を取り戻るということで始まった過去話の披露だったのだが、これは本当に意味があったのだろうかと、ふと思ってしまう。
「そんなときに私と会ったんだね」
「まあ、そんな感じ。わかっていただけたでしょうか」
失った信頼は取り戻せない。それでも彼女との繋がりを維持するためには最低限求められていることを明かす必要があると思った。それが結果的に間違っていなければいいのだけれど。
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