第12話 選択
「おっかしーなー。当たるはずだと思ったんだけどなー」
「仕方ないよ。確率は十五分の一なんだし」
結局当選しなかったなつみを慰めつつ、最前列の僕たちは後ろの客が退出するのを待っていた。それでも、僕の頭の中は任務のことで埋め尽くされていた。
「そういえばさ。これから先の選択肢ってなにがあったっけ?」
「選択肢? まあ、もう一周するか、屋外のレストランに行くかの二択かな」
とりあえずこの施設ですることと言えばそのくらいだろう。僕の返答になつみは困惑した反応をする。
「そ、そうじゃなくて、『千里眼』で見た時の選択肢のことだよ」
「せんりがん? どういうことっすか? なつみさん。ま、まさかっ……僕のゲームが悪影響を⁉」
ベッドで寝ているだけでは暇だろうと思い、僕はこれまで、気に入ったゲームを見つけては病室に持ち込んでいるのだ。
「とぼけないでよ~。左目に埋め込まれてる……って本当にない! キミ、黒のコンタクトでも着けてるの⁉」
ぐいっと僕に顔を近づけては左目を執拗に凝視する。荒らげた声と狼狽した表情がセットで迫る。
「カラコンなんてしてないよ! 生まれた時から黒目だよ! 一体全体どうしたのさ。なつみ?」
「うそっ……どういうこと?」
いよいよなつみは平静を失ってしまう。僕からいつもの距離に離れ、思考のポーズを取り始める。一体どうしたというのだろう。
「なつみ、一旦落ち着こう。とりあえず下の階にもど」
「それはダメ!」
ぐっと僕の腕を掴む。立ち上がらせないかのような強い握力だ。
「……そういえば、私たちって他の人よりも早く入場したよね。キミが手を回したの?」
「そ、それはそう、かも。ハハハ、気づいちゃったか」
「てことはもしかして私が当選したのって偶然じゃない? だとしたら開演前に飲み物買いに行ってたのもそのため。そこからすでに未来が変わってたんだ……!」
ついにはブツブツと独り言を垂れ流す様にまで変貌してしまった。今は変な茶番に付き合っていられないんだけどな。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってきていい?」
するとなつみの目つきが極限まで細く鋭利なものに変化した。
「そう言ってどこか別の場所に行くんでしょ?」
「行かないって。本当に少しトイレに行くだけだから。なんだったらなつみも行こうよ」
さすがに女性を連れションに誘うのは如何なものかと内心思ったが、意外にもなつみは許してくれた。
時間は一刻を争う。任務をこなしながらデートと洒落込むのには、かなり高ハードだ。これはどっちかを優先しないといけなさそうだな。
「ここがバリアフリートイレだよ。なつみは一人でできるよね?」
「……うん」
なつみを個室に入れて、僕は男子トイレに入ろうとする。用は足さないが、重要任務について、必死に状況を整理したかった。しかし、
「すみません。実はいくつか不良品が紛れていた可能性があったので、それだけ確認できれば大丈夫ですので…………はい、特に問題はありませんね。お時間をとってすみません」
ショルダーバッグを下げた大柄の男が、男女カップルから足早に去っていくのを偶然にも見かけた。ふと足元に違和感を覚え、両目を限界まで細めてその男を見ていると、
「……なっ⁉」
右足首の不自然なふくらみに気付いた。僕の職業癖でつい拳銃を隠していそうな部位に目がいってしまったのだが、男のそれはただの着ぶくれではないと一目でわかった。
――あれは本物の拳銃だ。
僕自身の経験と、実際テロの取引が行われるという情報が掛け合わさり、僕の足を動かす衝動になっていた。
男が非常階段へと去った後、彼と接触をしていたとみられる男女カップルにどのような会話をしていたのか聞いた。
「俺たち、さっきのイルカショーで抽選に当たったんですけど、その記念に写真撮りますよーって言われて。あと商品が不良品じゃないかことを確かめてくれました」
「それで、箱と商品は?」
「特になにもされずに返されました」
「そうか。ありがとう」
拳銃を隠し持った男が相手の持ち物を巧妙な理由を使って調べる。まさにこの青年が遭った手口だ。その線で考えると、男たちの用意した〝ブツ〟とは、抽選二名に渡されるキーホルダーとなる。
しかし青年のブツは返された。目的のものは箱の中にあり、キーホルダーそのものではない可能性。もしくは青年はハズレで、もう一人の当選者が本当のブツを持ったままの可能性。
……考えが纏まらない。いつも以上に情報が少なすぎてほぼ一から答えを割り出しているのだ。無理もない。
それにあの拳銃。隠し持っているにしてもいつ使うのか。秘密裏に行われる取引で、公衆の面前で発砲でもすればそれは表沙汰になるのは明白だ。
とりあえずその男を
男は非常階段を使って三階からどこへ行くか。各階のドアノブを触ってみると、一階だけ少し湿っていた。手汗を拭かずに触った後と考えて、僕は一階に男がいると予測した。
「くそっ、どこだあの男……!」
くまなく血眼になって探していたが、どうにも見当たらない。客に紛れているにしても、異様に高い身長と筋肉質な体格だ。変装して騙すのは困難なはずがない。
「ねー。パパみてみてー。イルカさんだよー」
ふと声がした。幼い少女の喜びに満ちた声。
弾かれて振り返ると、当選者の一人である少女を担いだ男性、隣には母親らしき女性が並んで歩いていた。きゃっきゃとさわぐ少女の背中を見送ることもなく、僕は真っ先にその親子に接触しようと体を動かした。
「キミ~~‼」
「⁉」
しかし僕の後ろから聞きなれた呼び声がして、瞬間的に動こうとした僕の足にブレーキがかかった。
呼び声の主、なつみは必死に車椅子を漕いで、僕のもとへと急接近する。
「はあ、はあ。キミ、やっぱりここにいたんだね」
「ちょっと! なつみは病人なんだから安静にしてないと!」
なつみは息を切らしながら、僕を睨むように見上げる。
「そんなこと知らない。第一、キミこそトイレ行った後にしては随分遠くまで来たよね」
しまった……。さすがに彼女には、自分が今、公安として任務に取り掛かっているとは言えない。なんとかしてなつみを落ち着かせ、あの親子に接触しなければ。
「キミ、いい加減に……」
「ごめん。今はまだ話せない。すみませーん! 彼女が持病を発したので、医務室に連れて行ってくれる方いませんか~?」
大声で親切な人を探すと、すぐに手を挙げて名乗り出てくれる人がいた。従業員だ。
「すみませんお願いしますっ」
「ちょっとやめて離してよ! キミ! 行っちゃだめだ‼」
従業員の女性が車椅子を押し始めると、なつみは大声をあげて抵抗した。ハンドルを握る腕を掴んでは離そうとしたり、じたばたと暴れるが、複数の従業員が加勢し、半ば強引に医務室へと運ばれていった。
(ごめんね。君の身の安全を確保するためでもあるんだ。全てが終わったら話すよ)
僕はなつみを最後まで見送ることなく、例の親子連れを追った。
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