第19話 並行世界
きょとんとして頷きもしないなつみ。目を数回瞬きし、考え込むように顎に手を当てる。
「……うん。ちょっと何言ってるか全然わかんない」
予想していた反応である。
「だろうね。だから実際に『千里眼』を使って試してみようと思うんだ」
画面は、黒を背景に、いくつもの白画面が映し出されている。何もプリントされていない印画紙のように、未来はまだ映し出されていない状態だ。
「僕がさっきアイツの未来を見ようとしたんだけど、これ見てよ」
鷹崎藤太の現在を原点にした未来。そこには見間違えるはずのない、父の姿が映っている。
しかしそれはすべての画面共通ではない。鮮明に映像として機能している画面があれば、一昔前のテレビのように砂嵐が起きているものもある。
映っている映像を一つだけ無作為に選択し、フルスクリーンに拡大すると、
「そうそう! この人だよ。私が前に会ったお父さん」
「その横にいるのは間違いなく僕だね。たぶん仕事中なんだろうけど、すごい嫌そうな顔してるー」
中学生の時は顔を見るだけでも吐き気がした。それに耐えているだけで成長している証拠だ。親子らしい会話はせず、ただ事務的な伝言のやりとり。今思えば、それがある意味、僕たちの家族としての接し方だったのかもしれない。
僕はアイツが嫌いだ。もはや反面教師の見本にしか見えない時もあった。今さらだってわかっていても、アイツは僕のかけがえのない父親であり、上司でもある。
もう一度でいいから、アイツを嫌悪の眼差しを以て接してみたいと思う自分がいる。
「……でもはっきり言うよ。これは現実ではありえない。アイツは死んだままだよ」
妙な期待をする自分に突き付けるように、拳の中で爪を立てる。
「どうして? 現にお父さんの未来が映ってるじゃん」
「未来と言っても、これは現在時刻から五分後までのアイツの未来。ほぼ〝今〟なんだ。だから僕が今病室にいる時点で、少なくともこの未来はあり得ない」
他の映像に映し替えるが、やはりアイツの映っている映像では、現実世界と何かしらの矛盾が生じる。
そのことを指摘しながらなつみに説明したことで、僕の言いたいことがようやくわかったようだ。
「てことは……これは『千里眼』の誤作動による未来なのか、キミの言う並行世界ってことなの?」
「今は後者の方が正しいって考えられる。根拠らしいものはあるけど、ただ抽象的なんだ。でもなつみの話からするに、三日後の水族館は、こことは違う『並行世界』の可能性しか考えられないんだよ」
「いわゆるパラレルワールドってことだよね」
僕は深く頷く。
考えてみれば『並行世界』という単語自体、世界から分岐され、切り離された完全に別な世界を意味する。
もしも『千里眼』で見たのが、鷹崎藤太の生きている並行世界が存在する場合、全ての辻褄が合う。
「まず一つ目に、なつみが水族館に行ったときの世界はどちらもアイツが生きていた。そして二つ目、僕がアイツからの電話を、何の違和感もなく出たこと。そして最後に、アイツは現実では生きていない……。総合的な見解としては、『千里眼』で選んだ並行世界にジャンプして、その未来通りになる。ありえないかもしれないけどね」
少しの間、沈黙が続く。
それぞれ思うことがあるだろう。なつみは僕が死ぬところを二回も目の当たりにしている。しかもそれが、自分の知っている世界とは違う世界線に行っていたとなると、複雑になるところがあるのではないか。
そして僕はというと、
「――行っても、いいかな。アイツが生きてる世界線に」
心から嫌っている父親に、もう一度でもいいから会って一言話してみたい。そんなことを考えていた。
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