第20話 過去の消滅、そして
「やっぱり、会いたいの?」
「アイツに言ってやりたいことがある。それと、一発やっとかないと気が済まない」
「まさかの私怨の憂さ晴らし⁉ そのためだけに違う世界線に行くのは危険すぎるよ!」
「違う!」
僕は反射的に声を荒らげていていた。それでも勢いを殺すことなく続ける。
「僕はアイツを救ってやりたいんだ。僕が唯一助けられなかった人間が、アイツなんだ。一番アイツのことを知っていて、一番アイツを嫌う僕だから、死ぬ前に言うべきだったことを言わなないと……僕はずっと
おそらく僕は、父の愚行を諫めたいと思っていた。しかしアイツは変われない、腐ったままの人間なのだと、見て見ぬふりをして嫌っていた。結果的にそれが母さんをも巻き込み、不幸にさせた。
まあ、なつみの口からアイツのことが出てくることがなければ、ずっと心の奥にしまい続けていつか忘却していた気もするが。
「でも救わなきゃいけない人がいる。たとえ世界線が違っても、きっとその世界の僕も同じはずだ」
こんな発言、ただ正義を気取っただけの偽善者のそれだと、自分自身で思ってしまった。しかし僕は一切自嘲せず、恥じることもなく、どうしようもない本心を彼女にぶつけた。
「はあ。キミはやっぱり強情な人間だよ。それが一種の優しさなのかもしれないけどね。……でもわかった。それがキミにとっての望みなら、私が叶えてあげる」
「どういうことなのさ、なつみ?」
頷きながら語っている様子からして、僕の言い分は通ったのだろうが、それなら僕の『千里眼』を使わせればいい話だ。なつみの言う「叶えてあげる」は、『未来視の眼』を使ってもともとの世界を根っこから変える、という意味だ。
「キミが並行世界に行くと、たぶん『千里眼』が消えてなくなるかもしれない。二回目の水族館で、キミは左目の記憶ごと忘れてたからね」
つまり、その世界線にあった過去の影響で、現実での記憶やそれに関するものがすべて連鎖的に書き換えられる、ということなのだろう。
なつみは僕に、深く考える時間を与えずに続ける。
「私と一緒にいれば、過去に戻っても記憶はセーブされたまま。だから『未来視の眼』で、キミのご両親が亡くなる前までの過去を未来視すれば、その過去まで一気に戻れる」
「でもそうすると、もしも……」
「大丈夫。キミが私を助けたみたいに、今度は私がキミを助けたいの」
その真っ直ぐで純粋な瞳に、僕は彼女の勢いに負けた。まるでその姿は、何も持ちえなかった少女が、誰かを救うために覚えた魔法を使うかのようだ。
思い返せば、なつみが僕のためにしてくれることなんて、今までに一度もなかった。
だからその厚意に甘んじて、僕は過去に残した後悔をやり直す。
「わかった。ありがとう」
「それで正確な時間は?」
「今から三年前。2019年9月27日のどこかで。おねがい」
なつみは軽く頷くと、温かく華奢な手で僕の左手を握る。
すると彼女は両目を閉じる。
彼女はこれから時間を巻き戻す。
同時に、これまで人類が辿った正規の道筋を全否定し、二度とその道を辿ることがないように、分水嶺は土砂で埋め尽くされる。
やがて遠のく意識の中、それでも消えることのない手の温もりを感じたまま、僕と彼女は時間という不可逆な流れに逆らう。
離れ行く手の温もりに一時の別れを告げるように、僕は呟く。
すべてが終わったら、迎えに行くから――――
そうして、僕らの知る世界は消滅した。
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