第21話 リスタート

 熱い。

 重い。

 吐き気がする。

 びりびりと感じるのは電流だろうか。

 左目だけでなく全身に伝わる痛みのシグナルに、僕はベッドに額をうずめ、頭蓋を抱えることしかできない。唯一視覚の機能する右目でさえ、捉える外の風景が渦巻いて見える。


 ――ここはどこだ? 僕は誰だ? 何のために何をする?


 意味のない問いばかりが交錯し、何かが僕を試しているかのような気がした。


 いや、それはただのまやかしに過ぎない。たった今まで、存在しなかったはずの未来にいたというのに。

 僕はベッドの上で仰向けになり、見慣れない天井を見つめる。


 ――僕は僕だ。今はアイツを一発殴りに行くんだ。そして今度こそ、アイツを救ってやる


「本当に、戻ったんだな……」


 放心とした面持ちで、ベッドの上でしばらく大の字に体を広げる。

 失ったはずの左目に視界が映っている。『千里眼』が歴史上から存在しなくなったのだ。そうなるとなつみも、今頃同じ状況なのだろう。


 枕もとのデジタル時計を見ると、日付は9月27日(日)午前7時13分と表示されている。僕の要望通りの過去まで戻ったようだ。


「さすがは25億まで競った品だ。過去にも飛べるだなんてチートじゃないか」

 

などと『未来視の眼』に関心をしているが、正直タイムリープしたという実感があまりない。


 でもやることは決まっている。いつまでも寝ている場合ではない。二人が事故に遭うのは三日後の九月三十日なのだから。

 未来から来た僕が過去に介入すれば、世界を大きく改変する事になりかねないが、そもそも僕の知る世界はもう存在しないことになった。僕の理想となるような世界に変えることを咎める者もいないため、仕事の任務と思えば気が楽だ。


「さすがに時空警察みたいな奴は存在しないし、あの目が悪用されてたらって思うと、なつみが落札して正解だったな」


 よっ、と体を起こし、僕は朝の準備をする。のだが……


「あれ? ここって僕の部屋じゃない、よな」


 見渡す限り、部屋全体はどこかのホテルの雰囲気だった。僕が今まで寝そべっていたベッドはシーツも枕も、全てが白基調。柄のようなものは一切刺繍されていない、シンプルすぎるベッドだ。

 そして床に足を着けようとした時、ベッドの傍に靴が二足揃えられているのを見つける。それでようやく、僕が今どういう状況のかを完全に把握……否、思い出した。


「ここってロスじゃねえかああああ~~~~~~~‼」


 思い切ってカーテンを開けると、そこには高層ビルがいくつも聳え立ち、下に目を向ければ道路沿いにヤシの木が地続きに生えているのが見えた。道路標識を確認するも、日本語は一切存在しない。


「……そうだ、事故当日までアメリカの組織との繋がりを現地で探ってたのか」


 その任務のせいで、僕は両親の旅行に同行できなかったのだ。アイツに一発殴ることしか考えていなかった僕の大誤算だ。今日がその三日前だったことが、せめてもの救いだった。


「でも現代には携帯電話というものがあるじゃないか。せめて伝言だけでも残しておけばって、どうせ聞く耳持たないか」


 おそらくアイツは僕の言い分を無視する。

 なぜなら、僕が伝えようとしているのが、当日乗るプライベートジェットの操縦者が、実はテロの構成員であることだからだ。


 父は、自分自身が他より絶対の優であることを自負している。

 政治家の家系。

 生まれながらにして誰よりも裕福な家庭。

 そして聡明な頭脳。

 実際、あの東京大学の出であるため、学力のあることは悔しくも否定できない。しかしそのすべてがアイツの優越感をぶくぶくと太らせた。

 幼少期からか定かでないが、少なくとも僕が生まれてその後も、他人を見下して自身を矜持する醜さは肥大し続けていったように見えた。

 ただここで間違えてはならないのが、アイツは他人を見下し自分を高くするだけで、自分に厳しくすることはない。アイツにとって、自分がなによりの絶対なのだ。


(よくもまあそんな頑固な性格で政治家になれたもんだな)


 一応、操縦者の身元や経歴を厳重に調べておくように、父と僕の同僚たちにメールを送る。そして今の僕にできることは、一刻も早くここでの調査を済ませてしまい、北海道に飛び立つ前に日本に帰ることだ。


 まあ、僕はこの調査の末、日本とアメリカのテロが手を組んでいたことを突き止めたうえで破壊工作を妨害することに成功する。その未来をすでに知っているのだ。


「さてと。あの時は随分と振り回されたけど、今回は全てノーダメノーコンで完璧にクリアしてやるか」


 なんとなくだけど、攻略本を手に入れたプレイヤーに操作されるゲームのキャラクターがどんな気持ちか、少しだけ分かった気がした。


 そうして僕は、次の日に全ての任務を終え、夜発着の便で帰国したのだった。

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