第16話 相違

「ごめん」

「それだけ?」

「今僕にできることは君に対する謝罪だ」

「じゃあやっぱり本当のことを話してはくれないんだね。まあキミの仕事はもう大方知ってるんだけど」


 深々と下げる頭を気に入らないように言葉を吐き捨てる。でもいつかはそうなるのかもしれないと思っていたことだ。受け入れるしかない。


 しかしふと、僕は疑問に残ることに気が付いた。


「なつみ、こんなこと聞くのもなんだけど、誰からその情報を聞いた?」

「キミのお父さん。キミと一番関係が深かったからって病院に来てまで教えてくれたよ」

「……父さんはいないよ」

「いたよ。政治家だったんだね」

「なつみ、これだけは本当のことを言うよ。僕の父、鷹崎藤太たかさきとうだいは、三年前に事故で死んでるんだ。母さんと一緒にね」

「え、うそ……だって……」


 なつみはそんなはずはないと首を振りながらも、僕の証言に混乱しているようだ。


 父は死んだ。それは事実であり、わざわざ嘘を吐く必要のないことだ。今まで両親に関して口にしてこなかった理由も、言わずとわかるはずだ。


「三日後の水族館、そこでキミはお父さんからの電話に出てたの。だからてっきり生きてるのかと思ってたけど、そうじゃないんだね。私の勘違いだったかもしれない。ごめん……」


 伏し目がちになつみは謝るが、やはりがある気がする。

 実はアイツは生きていて、三日後の水族館では僕に電話をよこす――なんて到底ありえない話だ。そんな未来があってたまるか。死人は死人のままでいろ、とまでは言わないが。


 しかし妙に気がかりだ。僕なんかと違って、なつみは不用意な嘘を吐かない。なつみが会ったと言うのであれば本当にアイツが生きている未来が待っているのかもしれない。

 そうしたら僕は――


「ちょっとだけ、未来を見てもいい?」


 僕は名状し難い衝動に駆られていた。左目はなつみのために買ったものだ。しかし誰かを救うためなら、僕は愚父の未来も見る。


「いいよ。確かめてみてよ」


 快く頷いてくれた。


 僕は意識する。山代藤太を視点にした未来、今現在から三日後の日の行動すべてを左目に映すように。

 いくつもの生み出された映像。その隅々まで目を通した僕は、ある一つの仮説に辿り着く。



「……なつみ。一つ聞きたいことがある。三日後、水族館に行ったときに何か違和感のあることはなかったか?」

「違和感? キミが私に『トイレ行く』って嘘をついた後、実はテロの人間に撃たれに行ってたこと、かな」

「え、テロ組織に撃たれんの僕⁉」


 何してんのさ、そこはかっこよく倒せ馬鹿。と自分に毒づいたが、父からの電話があったのであれば、それは公安の仕事が絡んでいた可能性が高い。余計に謎が深まった。


「キミが二人が無事に帰れる未来をその目で見たはずなのに、実際には安全なはずだった水族館に危ない人間がいたってことも変だったかな」


 さらになつみは何かを思いだしたように言う。


「そういえばキミのかも……。それに関する記憶も全部なくなってたし。まるで私だけ違う世界にいるみたいだった」

「なるほどね」


 そうであれば僕の馬鹿げた仮説が通ってしまう。にわかに信じ難い仮説を飲み込むように、僕はいったん深く息を吸う。


「千里眼……もしかしたら未来を見るだけが、この目の力じゃないかもしれないって言ったら信じる?」


 するとさすがになつみは呆れ顔で肩をすくめる。


「さっきは私が不幸な話に触れちゃったから謝ったけど、まだキミの信頼が戻ったわけじゃないんだよ」

「そのことは本当にすまないと思ってる。公安だと知られた以上、もう隠すことはしないし、あとで全部話すよ。もちろん本音でね」

「それっ! その『あとで』って言葉ですでにフラグ立ってるんだから! 反省したなら今話して。じゃないとキミの話、聞いてあげない」


 いかにも僕が死に際でやりそうな別れ方だ。

 僕は咳払いし、なつみの望み通り秘密にしてきたことすべてを話そうと決意する。

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