第27話 再会
エレベーターで二階まで降り、人が多く混雑する受付の廊下に出る。
どこだろうとあたりを見回していたその時、背後から聞き覚えのある声がした。
「キミ」
そうだ。この状況にはなんとなく既視感があった。それを思い出しながら、僕は懐かしむような声で振り向く。
「なつみ――」
しかし続く言葉は出なかった。僕の目に映る彼女の表情は、途轍もなく怯えていた。僕に目を合わせるでもなく、ゆっくりと僕の袖を掴む。
「……よかった。覚えてる、よね?」
沈み込んでしまう低い声だ。何度も僕の存在を確かめるかのように腕、足、そして腰に腕を回して抱き着いてくる。
「ちょ、ちょっとなつみさん⁉ ここ病院だから! 嬉しいけどそういうのは誰もいないところがいいな!」
彼女のスキンシップに素直に喜んでしまう。しかし公共の場であるため、周囲の目線が集まってしまう。嫌ではないが、空気を読んで軽く抵抗する。
「……四階」
「ん? 何か言った?」
「四階、戻りたい」
抱き着いて離れないなつみの様子が心配だが、執拗に四階に戻ると言って聞かない。僕はなつみの背中をさすってやり、なんとかなつみの腕をほどく。項垂れたなつみを乗せた車椅子を、病室まで押してあげた。
病室のベッドに着いてしばらくしたら、なつみは泣き止んでくれた。
「もう、大丈夫だから……」
背中をさする行為が子ども扱いに感じたのか、少し強がるように胸を張る。それでも僕の手を離さんと握り続けているが、黙認した。
「それで、なつみはその目で過去を未来視したの?」
少し切り出しづらかったが、話が進まないので無理やり聞いた。ずっと俯いたままのなつみは、元気のない様子で小さく答える。
「過去に戻る未来を、未来として見たの」
「えーっと、今日は『未来視の眼』を使って過去に戻る日だよね。それで過去を消したってことは、なつみは未来で『未来視の眼』を手に入れる。だからそれまでの未来を消せたのか」
「違う。この目は私の時系列のどこにでも視点を置ける。未来を消すことを一つの出来事として、時系列の延長上として見れば、過去に戻ったとしてもこの時間の私が過去に戻すことができる」
(……さっぱりわからない)
どこが過去で何が未来なのかが入り混じりすぎて説明についていけていないが、話が進まないのでわかったふりをする。話はこれだけではないのだから。
「……どうして、戻したの?」
僕の一言に、なつみは肩をピクリと動かす。僕の手を握る彼女の手は、怯えるように小さく震える。
「キミが私のことを忘れちゃったから。過去が変わって、途中まで保たれてた未来の記憶も書き換えられたからだと思うけど、私がキミと会わなくなる世界線になった」
「そうだね。今思い返してみれば、一度世界をやり直したことすら忘れてたよ。なつみは憶えていたんだね」
おそらくなつみは『未来視の眼』によって、時系列の影響で目を失うも記憶はセーブされたままだったのだろう。過去現在未来の全てを自由に飛べるなんて、もはやチートなんてものを通り越している。
「私はずっと耐えた。キミの助けがなくても、あの地獄で生きていけると思ってずっと耐えた」
なつみはその辛苦を思い出したのか、目から涙を溢れさせる。拭う暇もなく頬から流れ落ち、病衣を濡らしていく。
「でも、やっぱり無理だったよ……。よく覚えてないけど、たぶん三年くらい経ったときには……ね」
嗚咽交じりに必死に言葉を紡ぐなつみ。
それでも僕は最後、彼女が何を言ったのかを察することはできた。同時になつみを死に追いやった存在に、ただならぬ苛立ちを覚えた。
自然と拳が力んでしまい、なつみが痛みを訴えた。
「ごめん。僕は自分のことばかりで、君を助けられなかった」
「キミは悪くないの。でも、私が一番どうしたいか、全然わからない……」
自分の頭が悪いかと言うように、額に手を当てる。瞳の焦点が定まらず、錯乱しているようだった。やがて全身が震え始め、呼吸が荒くなる。
「なつみは何も悪くない! 一旦落ち着こう」
深呼吸を促すが、一切収まることがなく、呼吸が余計に乱れていく。手首から感じられる脈も不自然に速くなる。完全にパニック状態だ。
僕は仕方なく、ナースコールのボタンを押した。
その後、なつみは看護師たちに病室から運ばれ、数時間は戻ってこなかった。
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