トゥルーエンド

第26話 束の間のハッピーエンド

 私は昔から自由がなかった。

 何を言おうにも私は強要されることでしか動かなかった。自分で決めることは一切なく、選択肢すら与えられなかった。住んでいる世界だけでなく、見ている世界ですら、圧し潰されそうなくらい窮屈だった。

 だから私は気づかない。

 自分が一番、心から欲している〝幸せ〟が何なのか。


 ***



 熱い。

 重い。

 吐き気がする。

 びりびりと感じるのは電流だろうか。

 左目だけでなく全身に伝わる痛みのシグナルに、僕はベッドに額をうずめ、頭蓋を抱えることしかできない。唯一視覚の機能する右目でさえ、捉える外の風景が渦巻いて見える。


 ――ここはどこだ? 僕は誰だ? 何のために何をする?


 意味のない問いばかりが交錯し、何かが僕を試しているかのような気がした。

 ふと左手に、仄かな温もりを感じた。掌全体を覆うようだったものが、やがて指の間を埋めるように変形する。

 これは――手だ。誰かが僕の手を握ってくれているのか。

 現実の痛みに耐えていると、徐々に体を束縛していた苦痛がほどけていく。同時に混迷から少しずつ抜け出していくような感覚がした。


 ――僕は僕だ。天堂なつみを本当の意味で、人生で一番幸せにするのだ。




 引き戻される現実に酔い、目覚めの悪い覚醒を果たした。


「ここは……」


 見る限り、そこは病室だった。ベッドの横に置いてある椅子に座っていた。ベッドに頭を寝かせた状態で意識を失っていたようだ。


「そうだ……僕はたしか、ここで過去に戻って、それで……」


 違う未来を歩んだはずだった。

 そして今は一人の女性によって消されたはずの世界。僕の両親は事故で死んだまま、最後まで本音を言えずにわだかまったままの、もともとの世界線だ。


 左目に感じる違和感を思い出し、状況を完全に把握する。


「まさかまた戻ったのか。でも一度消えたはずの未来だぞ。また戻すなんて不可能だろ」


 しかし僕の問いに答える者はいない。唯一、この世界の遺物として、左目に埋め込まれた義眼がじんじんと痛む。


「そうだ……なつみ! どこに行ったんだ!」


 ここがもとの世界であれば、なつみがこの病室で僕と話していたはずだ。

 だがベッドには誰も居ない。掛布団から抜け出したような跡が残っている。

 比較的症状の軽いなつみは、病院内であれば車椅子に乗って自力で移動できる。僕は彼女を探そうと勢いよく立ち上がる。


「あら、天堂さんのロリコン彼氏さんじゃないですか。どうかなさいました?」


 病室を出ると、丁度看護師さんに会った。ロリコンは誤解だと言っているのに一切聞かないなこの人は。


「なつみは今検査中ですか? 病室にいないんですけど」

「いいえ。検査は午後です。もしかしたらトイレに行っているのかもしれませんよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 僕は軽く会釈して病室に戻る。待っていれば時期に来るかもしれない。そう思い、椅子に座った瞬間、スマホの着信が鳴った。

 一瞬だけ、ありもしない予感を抱いたがすぐに捨て、メールを開く。


「よかった。なつみからだ」


『二階の受付近くの廊下に来て』


 内容はそれだけだった。僕はほっとしながらも、なつみの行動が不思議に思えた。僕と一緒に行けばよかったのに、わざわざ呼び出したのだ。ただでさえ余命宣告されている状態だというのに。

 僕は急ぎ足で指定された場所に向かった。

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