最終話 その道の先に見たもの
目が覚めた。
そこはいつもの病室だった。私はいつの間にか寝ていたらしい。時計を見ると既に五時になっており、カーテンから漏れ出る夕日はいつになく眩しかった。
「起きた! なつみ、大丈夫?」
隣には私の手を握ったままこちらを見つめる彼がいた。
「何があったの?」
「なつみが急に不整脈になって、看護師さんに運ばれたんだよ。それで検査とかいろいろして、ここに戻って、ようやく今目覚めたってわけ」
言われて思い出した。たしか彼がいなくなった未来を見て、パニックを起こしたんだ。こんな体で不整脈だなんて、彼には計り知れない心配をかけてしまった。
「私、夢を見たの」
「? 急にどうしたのさ」
「キミと私が出会うまでの話。今思えば変な出会い方したよね」
「ハハ、たしかに。でもあの時は本当に緊張してたんだよ。今だから言うけど、公安の任務でもあったから余計に緊張したし。それにさ――」
彼はいつも笑ってくれる。こうやって私がどんな話をしても、すぐにリアクションして飽きさせない。いつまでもそれだから、私は我儘になってしまったのだ。
「――じゃあさ、私がキミのために過去に戻したけど、結局私が今に戻したこと、怒ってる?」
彼は私に怒らない。笑顔以外を向けたことがない。だから少しわざとらしく話題を変えた。
でも彼は笑みを崩さない。さらには優しい声で答えてくれる。
「怒ってないよ。なつみがそうしたかったんでしょ?」
「自分の思い通りにならないからやり直す。我儘な上にめんどくさい人間だよね、私って」
「やり直せるのは人間の特権だよ。我儘だって、生きてる今しか言えないんだから」
彼は知らない。その優しさは人をダメにする。このまま彼に縋っているようでは、いつまで経っても私は本当の願いを見つけられない。
「でも、やり直したらその分の成果がないと……さすがに怒るよ」
すっと彼の表情から笑みが一瞬にして消えた。まるで感情が読めない。
本当に怒る前兆なのだろう。私はそれを見たいと言う馬鹿げた感情と、彼の言葉について考えだす自分がいた。
なぜやり直したか――。
単純に、一人で死ぬのが怖かっただけだ。私の知る世界線で彼がいなければ、私はどこかで自決していた。救いのない世界が嫌いになった。
じゃあ私にとっての救いってなんだ?
結局のところ、何がしたかったんだ?
彼を救うって言いながら過去に戻したくせに、後付けした理由で現在にもどしてしまうのは、きっと彼という存在が必要だったからなのでは?
「ちなみに、僕は見つけたよ」
彼はうっすらと笑みを浮かべ、どこか遠くを眺める。
「過去に行って、戻って、今だから言える本当の幸せ。それは、誰かの傍にいることだ」
「え? それだけ?」
「それだけだよ。でも意外と盲点だったんだ。僕はいつも偽善を張ってばかりだったけど、それって結局一人一人に向き合うことじゃないんだよね。自分のなかの一人だけ、一番大切な人を理解することを、過去で学んだよ」
雄弁に語る彼の姿からは、私の知らない面影を感じた。それだけ過去を、有意義に過ごしたのだろう。だから何も成果が無ければ怒る。きっとそういうことだ。
「大切な人の傍に……」
そしてその考えは、私の心に刺さった。あの日聞いた言葉以来に。
『自分が本当にしたいことだけに目を向けた方がいいですよ』
私は何度もやり直した。
一度目はあっけなく彼が死んで、
二度目は既視感のある嘘をつかれて目の前で殺されて、
三度目は過去を変えたことによって、私たち二人が会わなくなって、
それで私は、怯えているんだ。
彼がいなくなるのが嫌で、彼を助けたいと自分に嘘をついてまで、未来と過去を何度もやり直した。
だったら私の中にある願いは一つだけだったんだ。
胸にこみ上げる熱い波動を伝わらせるように、私は言葉を唇に乗せる。
「――私は、キミと一緒にいたい。一秒でも離れたくない。たとえこの世界が終わるとしても、今ここにいるキミの傍にいたい」
私は胸に手を当てる。ドクドクと鳴る鼓動は私が生きている証だ。今まで生きてきたのもずっとキミがいたからだった。
すると彼はまた笑った。快哉とした明るい笑みだ。
「なーんだ、僕と同じじゃないか。でもよかった。死ぬ前になつみの本音が聞けて」
「私も、自分が本当にしたいことを見つけるのに三回もやり直したよ。でもおかげでようやく知ることができた。全部キミのおかげだよ。ありがとう」
私たちはたしかに存在するこの世界で生きる。
これ以上の我儘はない。そう思える願望に気付くことができた。たしかに、それまで何度もやり直すことになるし、やり直しすら利かないことだってある。
だからこの両足は、ほんのちょっとした代償。何かを失って新しい気付きを得るだけで、苦しさがなくなるかもしれない。
それでもきっと後悔しないと思えるまで、人生は続いていく。今まさに消えそうな瞬間でも、きっと後悔しない選択をするんだ。
「じゃあ仕事、辞めるかな」
「ごめんね、私の我儘のせいで」
「このくらいいいよ。どうせ……そうだな。もしかしたら一か月後とかに隕石が降ってくるかもしれないし。今のうちに辞めとかないと損だ」
私は笑う。彼も笑う。
お互いが悔いのない選択だと信じて笑った。
「でもずっとここにいても退屈しちゃうからさ、ギャルゲーでもやるか。ちょうど持ってきてるんだ。やらない?」
「いいよ。じゃあ栄一は口出し禁止ね。いつも横から割り込んでくるけど、今回は私だけでコンプするから」
「ハハハ、やってみなさいな! 一皮むけたなつみの実力やい……か、え? 何て言った?」
「口出し禁止って言った」
「その前! 『いいよじゃあ○○は口出し禁止ね』の〇の部分‼ 何て言ったかな聞こえなかったなもう一回行ってくれないかなあ~~~~?」
「いいから早く始めるよ!」
この未来の最後まで、きっと幸せでありますように。
その最後をキミと一緒に 飛浄藍 @hironary
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