第2話 未来観測と選択
「ほら、時間もないんだし。僕のことよりもまずはなつみの未来だよ」
「……わかった。ありがと」
少し俯きながらも納得してくれたみたいだ。感謝はこっちがするべきなのかもしれないのだけれど。
なつみを落ち着かせながら、僕はテレビへの出力を一旦遮断するように意識した。なつみに最悪の未来を見られることなく選別するためだ。
『千里眼』は所有者が設定する現在時刻を原点として、分単位にIFの事象を無作為に発生させ、それによって生じたいくつもの未来になりえるものを『並行世界』として観測する。いわば未攻略のギャルゲーの会話ログを一気に眺めるようなものだ。
目を瞑ると僕の視界にいくつもの映像が縦に並んで浮き出てくる。
しかしこれら一つずつに目を通して比較するよりも、条件にかけて絞った方が断然効率が良い。僕は心の中で条件を唱える。
――天堂なつみが現在と同じ健全な健康状態のまま過ごす未来
――病院以外の場所への外出、但し二週間以内
フィルターをかけた瞬間、無数に並んでいたはずの映像の列が、九割以上フェードアウトした。すでに残されている数は三十もないのではないか。
「よかった~。マジで『千里眼』あって助かったよ」
詳細までは確認していないが、僕たちが何をしてもほとんどがバッドエンド、もしくはそれに近い未来ばかりのようだ。そうと知ると、つい安堵の息が漏れた。
「そんなに危険な未来があったの?」
「ノーコメントだね。ああ、ごめんって! なつみには安全な未来の選択肢を見せてあげるからそんなに拗ねないでよ~!」
ほぼ放置プレイの構図ができていたことにはとても申し訳なかった。と思いつつ、なつみの可愛げのあるふくれっ面を拝ませてもらった。
「選択肢?」
「そう。無数にある未来から、僕たちが無事でいられる未来だけを選別したんだ。それでも二十いくつかあるから、あとはなつみ自身で決めてほしい」
僕は遮断していたテレビとの接続を再開し、例の選択肢の列を画面に映す。
すると口を尖らしていたなつみは、食い気味に画面を見つめる。
「うーん。でも最後まで見ると楽しみがなくなっちゃうからなあ。私とキミが何をする未来なのかだけ、アバウトに教えてよ」
僕は頷き、すべての未来映像にざっと目を通してみる。
しかし数分後、その衝撃的な結果に動揺してしまう。
「えーと……先にお伝えしたいことがあります。なんと僕たちに残された未来は実質一つしかありません」
「え? ひとつってどういうこと?」
怪訝そうな顔をするなつみ。なぜか僕も不自然な冷や汗をかいてきた。
「難しい話になるんだけど、残った未来の選択肢が『水族館に行く』だけなんだよね」
「水族館に行った後の、さらに分岐した選択肢があるってこと?」
「どうやらそうみたい。早い話、僕たちは将来的に二人で水族館へデートしに行くんだけど、例えばそこで『どの』店に入って『どんな』メニューを頼むかによって、また別の未来に細かく区切られるんだ」
僕としてはそれ以上くだらない選択肢はないと思う。そのことをなつみに聞こうとしたが「で、デートだなんてそんな……」と花も恥じらう乙女顔負けのレベルで悶えていた。可愛いから仕方がないか。
「それでさ、『水族館に行く』の一択になっちゃうけど、なつみはそれでいい?」
僕はあくまでバッドエンド路線を回避するために未来を見る。そしてその未来の道に足を着けるかの最終的判断はなつみに委ねる。『千里眼』を用意する前から想定していた手順だ。
ようやく我に返ったのか、なつみは深く息を吸って考えるそぶりを見せる。渋る表情から即決は難しいとわかった。
これは完全なる僕個人の勝手な見解であるが、なつみは無欲であるというより、心から欲しているものに気付けていないだけなのでは、と思う。
いうなれば食わず嫌いだろうか。経験はないに加え、挑戦心も備わっていないがゆえに、似たような感覚を得たいという欲求に陥らない。未知を未知のままにして、ずっと同じ味を楽しみ続ける。しかし定期的に特定の悦楽を供給するためのガムすら持ち合わせていない。
家庭に縛られていた彼女には自由がなかったからなのか。それは彼氏である僕ですらよく解らない。
それからしばらくして、ついになつみの腕組みが解かれた。
「――わかった。行ってみよう。水族館」
「本当⁉ やった! じゃあさっそく外出許可取ってくるね! あと有給とってくる!」
僕はつい歓喜の声を無邪気に上げてしまう。
ここは患者の療養目的に用意された病室だ。それでも患者にとって善いことであれば喜んであげるしかないだろう。
しかしなんだろうか。こうして本音で喜んであげられるのは久々な気がした。
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