プロローグ 『千里眼』
「――人生っていうのは本当にクソなゲームだと思うんだ。セーブデータは残せないし、レベル上がったな、って思ったらいつの間にか下がるんだよ。まあそれは筋トレをやらなくなったからなんだけどー。例えばさ、人類の叡智ギャルゲーとかだと選択したヒロインとの会話中に重要な選択肢が出されるじゃん。失敗してヒロインの気に障ることをしたらすぐ殺されてバッドエンド。ヤンデレヒロインも悪くないんだけどね。じゃなくてっ、ギャルゲーは人生と違って、選択する分岐点に戻ることができるんだよ。失敗しても何度でもやり直せる。やり直した数だけ選択後の未来を知っているわけだから、いつかはイチャイチャムフフでハッピーなエンドに辿り着ける! 間違ってないよね? なつみ!」
長きに渡り熱く繰り広げた『人生クソゲー論』を唱え、僕は目の前のベッドに横たわるなつみに、ぐっと顔を近づけた。
すると彼女は苦笑交じりに僕を見つめ返してくれる。
「そうなんだね。ていうか病室に入ってきて第一に言うことがゲームの話なのはどうかと思うよ? しかもギャルゲーって……」
綺麗なソプラノ声だ。さらに彼女の平静な態度が、僕の熱い舌に打ち水をするようだった。
僕はハッと我に返って部屋を見回す。総合病院の中でも優遇された患者に用意されるこの部屋は、個室にしては十分すぎる広さだ。それもあってか、ベッドの傍に置かれている医療機器の存在が影のように感じた。なつみの心電図は一度も上振れることなく安定を貫いているため、本当に余命を告げられるほど深刻な状態なのかと疑いたくもなる。
とはいえ、ここは患者に気遣うべき空間なのだと再認識する。
「ああ、それは悪いと思ってるよー。でもこれって重要なことだと思うんだ! つい先週だってさ、僕のスマホの検索履歴を覗き見られる未来さえ知っていれば、なつみに『ロリコン』なんて罵倒されてそれを偶然聞いちゃった看護師さんに誤解されることm」
「そ、それは悪いと思ってるよ! でも結局、人生とギャルゲーに何の関係があるの?」
それでも僕の話に付き合ってくれるなつみに、またこの口が調子を戻してしまう。僕の意思に反するように独立して動く表情筋が口角をあげる。
「そんなノーコンティニューなゲームを一回でクリアする方法があるとしたら、それはなんだと思う? 『単直で浅はかな考えだ!』ってガチのゲーマーには怒られるかもしれないけど、ゲームには攻略本というものがあるじゃないか!」
「わかる。私だってポ〇モンくらいはやったことあるし、その時はつい買っちゃったな」
「お、じゃあ話は早いね! だからね、こないだ大きな買い物と準備をしてくる、って言ったよね。見てよ僕の左目。こっちだけ瞳が赤いでしょ?」
僕は再びなつみに接近。同時に指を使って、左目を大きく開眼させてみせる。
「本当だ。これがこないだ言ってた――」
「そう、『千里眼』だよ‼ 現在点からいくつもの並行世界の未来を観測することができる、人類が生み出した人生の攻略本! これさえあればヒロインに刺されるバッドエンドは回避できるし……なにより、キミとの約束を責任もって果たせるんだ」
つい先月のことだった。
僕は余命宣告を受けたなつみに、何かしたいことはないか、と尋ねた。
なつみはたいてい娯楽等に興味を示さない。そのため自分から、これをしたいこれがほしい、というような希望を口にしない。
実際その時返ってきた答えは
『とくに行きたい場所とかはないかな。行ってみれば案外楽しいのかもしれないけどね。最後の食事も贅沢しようとは思わないし。少しでも症状が悪化しないように気を付けないといけないからね』
と、反応に迷うものだった。
そんな無欲な彼女だが、人生最後になるかもしれない、と珍しく僕にわがままを言ってくれた。
――――私を人生で一番幸せにして
具体性の欠片もないが、僕はこの要望に応じるために、闇市に売られていた例の『千里眼』を落札したのだ。そして昨日、僕は左目を捨て、代わりに『千里眼』を埋め込んだ。
――すべてはなつみを幸せにするために。
「実は『千里眼』のほかにも『未来視の眼』っていうのもあったんだけど、結構いいところまで競って負けちゃったんだよね……」
裏社会での出来事をしゃべる僕の様子に感覚が麻痺してきたのか、なつみは少し震えた声でこちらを訊ねる。
「ちなみにそれ、いくらしたの?」
「十二億」
「あ、そう……。そんなことよりキミが生きてるならよかったよ。闇市なんて、いくらキミでも危険な場所なんじゃないか、って心配したんだから」
ため息交じりに僕の左頬を擦るなつみ。今ここに存在する僕の実体を確かめるような優しい手つきだ。
こんなにも温かい手で、これだけ元気な女性に残された時間があと数年しかないなんて、僕はまだ理解しきれていない。
「闇市の人間はお金を出せば言うことだけは聞くから、案外いい人たちなんだよ。『千里眼』の手術もこんな感じで丁寧だったし。それに十二億って言っても大した額じゃないよ。それよりもさ、僕の口座からその倍に近い額が何者かに引き落とされてたんだよ! すぐに口座を移して、残りの財産全部を別のところに保管したから致命傷を避けられたけど」
「もう二年近くキミと一緒にいるけど、まだ知らないことだらけだって思い知らされたよ。まったく……謎が多いね」
それはそうだろう。なつみは今まで一度も僕の両親に会ったことがないし、僕は自分から過去を話さない。懐事情も、ちょっと家が裕福だったんだ、と言ってそれ以上は話していないのだから。まあ本当は話せない、が正しいところだ。
「そんなに僕のことを知りたいなら、なつみの願いを叶えてからちょっとずつ教えてあげるよ。だからさっそく始めてみようか!」
僕はそう意気込んで立ち上がり、ベッドの正面に設置されている液晶テレビに足を運ぶ。
バッグからコードを取り出し、テレビ本体に差し込む。さらにベッドまで届くように延長コードを何本か繋げていく。
「キミ何してるの?」
「未来観測の準備」
「え、テレビに映るの?」
「もちろんさ(キリッ)」
「……嫌な予感しかしないんだけど、どうやって映させるの?」
「そりゃあもちろん『千里眼』に直接コードをこう……っぐああああぁぁぁぁ‼」
「大丈夫じゃないよ! それ絶対大丈夫じゃない声だよ! ていうか瞳にぶっ刺さっちゃってるよ~‼」
「はあ、はあ……だ、大丈夫さ……。なつみに『ロリコン』って言われた日の、もしかしてフラれるんじゃないかって心配で眠れなかった夜に比べれば全っ然‼」
「まだそれ引きずってるの⁉」
いつにも増して元気で可愛いなつみのリアクションが鎮痛剤さ(キラッ)、と言おうとしたが、それこそ闇市の人間に脳をいじられたのではと正気を疑われるので黙っておく。
最後に端子をHDMIに変換し、僕の左目とテレビが一体となる。これで準備は完了した。コードを引きずりながらなつみの隣に移動して、僕はテレビの電源を入れた。
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