第32話 なつみの回想#5
始まった。
令状を持った警察官は、もはやスター状態で無敵を身に纏っているようなものだ。変に悪足掻きをしない限り、スムーズに捕まるはずだ。
一般警官でない僕は、とりあえず十二人の警察官の後ろで待機していた。
今突入しようとしているのは天堂美鶴と天堂亜津子の逮捕と、その証拠等の押収、捜査だ。その二人は右翼団体に大量の資金を流しては、覚せい剤やそれに該当する薬物を所持。また団体を支持するような隠蔽工作もしていたことから、今回の逮捕につながった。
それに関する情報と証拠を一晩で見つけた僕としては、それなりの報酬を用意してもらいたいものだ。
(そうだ、なつみさんを要求するのはどうだろうか。なんて、それじゃあ僕が犯人みたいじゃないか)
と、ただ後ろから逮捕の様子を眺めながら妄想をしているうちに、豪勢な家から手錠を嵌められて歩かされる、容疑者二人が出てきた。暴れる様子もなく、非常に静かだ。
しかしこれにて一件落着、とはいかなかった。
「ちょっと待ってよ‼」
二人を挟んで連行しようとする警官の後ろから、二人の若い女性が走って後を追う。
どうやら逮捕の件について納得できないようだ。たしかに娘三人は両親の犯罪に加担しているわけではない。知らなかったのも頷ける。
「ふざけんな‼ 証拠はあんのかよ!」
「ですから後日報道されますから、それまでは……うおっ⁉」
「どけ! あたしはそんなんで納得しねえからな」
引き留めようとしていた警官をぎろりと睨む。テレビでは見せないような恐ろしい顔だ。
わからないでもない。突然、自分の親が詳しい理由なしに逮捕されるのだ。割って入りたくなるのが子だ。
手錠をかけられた二人は、娘たちを顔を合わせまいと俯いたまま、パトカーに乗る。娘たちはそれを止めようとするが、五人の警官が行く手を塞ぎ、その間に車は発進してしまった。
「さて、これからは僕の出番だ。どこから漁ろうかなー」
ぽきぽきと拳を鳴らして家に入ろうとしたところで、長女が僕の存在に気付いたようだ。殺気を込めた怒声を僕に浴びせる。
「あ、アンタ! よくも嵌めたわね! ふざけんなよ、一生恨むからな!」
「覚えていてくれたんですね。でも大丈夫ですよ。証拠はこの家に残っているはずですから。それを今から探すので」
「弁護士‼ 弁護士を呼べ! このクソ刑事がっ」
「ほらお姉さん、せっかくのお顔が台無しですよ。角なんか生やしちゃって」
このままでは僕に暴行を加えてしまいそうなので、女性警官に一時的な拘束を指示する。
あれ、そういえば三女がいつの間にかいないな。大人しく引きこもったのか。
僕は無駄に広い家に入り、捜査を始めた。
***
家に警官が入ってきた。姉と妹は二人の逮捕に抗議しに外へ出て行ってしまった。
残った私は自室に戻ろうとしたが、警察の人が家を捜査するから、と言ってその場で待機せざるを得なかった。
「あんたなの……?」
「え?」
するといつの間にか、私の後ろには妹がいた。頬には泣き跡が残っており、口元を歪ませて、私を憎むように睨んでいる。連行される両親を追いかけなかったのは、姉妹の中で唯一私だけだ。それについて怒っているのかと思っていたのだが、徐に私に近づいては、虚を突くように私の髪を掴んできた。
「いっつ……‼」
根本から強引に引っ張られる痛みに声を漏らしてしまう。
「あんたでしょ! この裏切り者!」
「や、やめて……うっ」
妹は鬼のような形相を浮かべて私の足を踏みつけてくる。下肢の神経は麻痺しているため痛覚はないが、傷ついた足に追い打ちをされるのは嫌で、私は必死に抵抗した。
「どうせあんたは一家の恥なんだよ。こんな年にもなってメディアの仕事ができないくせに、必死になって別のことで一生懸命努力した気になって、それで結果が報われないからって怪我して今度は弱い子ぶるのかよ!」
今まで見たこともない妹の変貌に私は戦慄した。怒声とともに飛んでくる唾が顔にかかり、髪と足を万力で押さえ付けられている状況が、物理的恐怖を刻み込む。
中にいた警官がようやくこちらに気付いて、妹を私から離そうとする。
「あんただ! あんたが悪いんだ! 障害者のあんたなんか、さっさと消えちまえばよかったのに‼」
警官によって引き離される妹は、発散したりないとばかりに声を荒らげる。その言葉に私の心はズタズタに切り刻まれるようだった。
私は、結局与えられた使命すら全うできない、ただの劣化した存在なのか――
「なつみさんは悪くない」
ふと、後ろから聞き覚えのある男の声がした。私は振り向くと、昼に会った時と同じ私服を着た山代が立っていた。山代は警官に何かしらのジェスチャーをすると、妹を抑えていた腕を放した。
「な、なんなのあんた? 部外者は引っ込んでろよ!」
「部外者じゃないよ妹さん。僕は今、なつみさんの真の味方だ」
「山代さん⁉ どうしてここに」
「なんせ僕は、公あ……じゃなくてユーチューバだからね。この世の悪を世間に晒すのが仕事なのさ」
いわゆる暴露系の類だろうか。あまりそうには見えにないが、さすがに他人の住居に吐いていることは迷惑系のやることである。
しかし彼はいま、私の味方だと言った。どういうことなのか、とつい言葉を待ってしまう。
「妹さんだけじゃない、お姉さんにしてもそうだ。アンタら、なつみさんが障害者だからって見下してるだろ」
「そうよ。どうせもうお得意の陸上ができない可哀想な体なんだから!」
「黙れ! 自身の地位に自惚れ、他人を見下すことでしか快感を得られない、ある意味では正常な倫理観を失った障害者だ! そんなアンタらが彼女にどれだけの不自由を強制してきたか、知りもしないだろ」
「そんなの……そんなのあたしだって変わんないじゃん! あたしだって、必死なんだよ……。この家族の一員から捨てられれば、もうあたしには居場所がないんだ」
妹は泣いた。同情を誘うものではなく、本心が叫んでいるような必死なものだった。
「あたしらはね、この家に生まれてからずっとこれだよ。芸能になれってうるさいし、なったらなったで失敗できない立場になる。必死に後を追いかけて迫ってくる焦りに寝れないことだってあった。そう考えると、ずっと追いかける側の方がよかった! だから姉さん、あんたが憎いの…………」
「え……」
私を見据える目は潤んでいるとともに、嫉妬にまみれて歪んだ顔だった。私をいつも差別していたのは、自分との立場の不公正さから来ていたものだと、初めて知った。
すると山代は何かを察したのか、予想だにしない発言をする。
「……僕だ。僕がリークした。彼女はこの事件に関与していないし、僕が一方的に協力を押し付けて脅迫したんだ」
「は、はあ⁉ あんたっ、殺す! ふざけんな、そんなことして世間が――」
「でもいいのか? アンタらの両親は実の犯罪者であり、それを知ったファンや目にする視聴者は落胆するだろうな。犯罪者の娘だと指を刺されるのも、いつかはあるぞ」
これは演技だ。山代はおそらく、自分を悪人として演じている。他から見下されるということを教え込むためだろう。もちろん山代が両親の情報をリークしたなんてことは嘘だ。だけどいつまでも意固地な態度を譲らない妹には、敢えて自分を標的として仕立てることが最適解だと考えたのだろう。
「芸能を無理にやる必要なんて、もうないだろ。家族から外されたくないから? 家族として当然のノルマ? 馬鹿らしい。そんなつまらないことで自分たちの首を絞めても痛いだけだ。違うか?」
山代が言い終わると同時に、 姉もそこに居合わせた。どうやら、すべての会話を聞いていたらしい。妹は全て観念したように俯き、小声で私と姉に言う。
「姉さんたち……もう、この家族は解散にしよ」
「うん、そうよね……」
こうして私たちは、生まれた時から着けられていた枷を外し、それぞれの思う道に進むことができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます