第24話 ハッピーエンド
公安の任務は情報漏洩を防ぐため、命令をする人物から直接指示を受けるのが一般的だ。またその機密性ゆえに、警察庁長官や県警本部長でさえも、公安の任務を把握していないことがある。
僕の上司は長い間、父が担っており、任務の内容や、本来教える必要のない情報
も、支障が出ない範囲で教えてもらっていたりする。
「お前に来てもらったのは他でもない。これは国亡級の機密事項ゆえに、お前にしか共有できない案件だ。他言は断舌、いいな?」
社長室にて、デスクに肘をついてこちらを上目遣いに見る親父。いつもの仕事のやり取りで、この構図は何百通りとやったが、今日は極めて親父の顔が強張っている気がする。
「今更だ、そんなの」
「言っておくが、お前にはこの後すぐに任務に向かってもらう。始めに事件の重要性だけでも理解しておけ。何度も言うが、これは国亡級だ」
「日本が滅ぶ……ありえない話だと信じたいな」
「いや、最悪の場合、日本だけでなくアジア全土の存亡も関わっている。お前の想像しているものより規模ははるかに上だ」
消えゆくように声を潜める。僕を見る目は射抜くように鋭い。
映画でもフィクションでもないこの雰囲気に、僕は飲まれつつあった。
「単刀直入に言う。一か月後、この地球に隕石が飛来してくる」
「……え? マジで?」
「本気だ。私が嘘を言うわけないだろ」
いや、話についていけていない。これが任務の話であれば、一体僕は何をすればいいのだ。前代未聞の不安と緊張に駆られてしまっていた。
「しかし現代の科学および核技術によって、衝突前に対処が可能なことが分かっている」
「そ、そうなのか……。じゃあその任務って」
「近頃、テロの連中が裏でコソコソ動き回っていたのは知っているだろう。奴らはその技術の破壊を目論んでいるんだ」
なるほど。それはたしかに迅速かつ秘密裡に対処しなければならない案件だ。いつもと明らかに違う任務のレベルに後退りしてしまうが、僕は頬をパンと叩いて正気を保つ。
「そこでお前に任務を与える。今日、神奈川の〇×水族館にて、その情報の取引が行われる。その取引の阻止妨害を命じる。諜報した情報によると、取り引きは関節的に行われるようだ。おそらく一般人にブツを運ばせて奪取する、といった類の手段だろう。残念ながら、これ以上の情報は得られなかった」
「わかった。でもさすがに僕一人じゃ手に負えない。人員を要請したい」
すると、父はバツの悪そうな顔をして視線を外す。
「これに関しては、人員の補充は見込めない……。隕石の存在は、他の公安や政治家にも知らされていない。警察が動けばそれなりの騒動になり、情報が民間に漏れてしまう恐れがある」
「でもそれで取引が成立すれば、情報漏洩どころじゃないだろ! 国が滅ぶんだろ? ここは是が非でも人員補充を優先すべきだ」
「……わかっている。だが、すまない! これは情報の扱い方を誤った私の過失だ」
デスクに頭を伏し、僕に対して必死に謝罪をする。
「隕石について、私は専門の学者から聞いただけだ。実際にこれが全世界の学者と一致するかも分からない、まだ仮説程度のものだ。しかし私は、学者たちからの情報漏洩を未然に防ぐために、彼らを厳重な監視体制に置いた。とくに出版社との接触を監視していたのだが、右翼の奴らがそれに気づいたのだ。監視されている学者の一人が拉致され、そして隕石が敵側に漏れてしまった」
つまり、組織は国家の監視対象になっていた科学者から聞いた未確証の情報を信じて、今回の取引が行われていることになる。それも、隕石をこの地球に降らすという、どうにも荒唐無稽に聞こえてしまう話だ。
「それは、たしかに人員は要請できないな……」
隕石が確実に落ちてくるのであれば話が早い。国家全体で阻止すべき案件として持ち上げられているのであれば、公安のメンツを揃えて、水面下で阻止するだろう。
しかし歯切れの悪いことに、それは絶対ではない。有名でもないただの学者が騒いだことだ。そのためだけに人員を投入することは、ただの無駄遣いだと一蹴されてしまう。
「だから親父は、僕一人に話したのか」
「ああ。私から直接指示を出せるのはお前だけだからな」
もとはと言えば、親父が情報を大きく捉えすぎたことが始まりだ。それをどう処理するかによっては、国土を揺るがす大事件になりかねない。みすみす見過ごすことはできない。
「だったらいいよ。僕一人で何とかする」
怒るでもなく、冷静に考えたうえで僕は意を決する。
それが平然として見えたのか、親父は目を見開いて僕を見上げる。
「だ、だが人手が足りないんだろ⁉ どうするつもりだ!」
「最初に阻止を命令したのはアンタだろ。どうするも何も、どうにかするしかない。もし失敗して国が滅んでも、責任はお相子だ」
その言葉と共に、かつてこの空間で父に掴みかかったことを思い出していた。
あれからもう二年だ。そう思うと、先刻からの親父の発言は、昔から成長した様子が窺えて胸が熱くなる。
「お前も、背負ってくれるんだな」
親父も同じことを思ったのか、襟の形をわざとらしく直した。
「あの時はよくもやってくれたな。だがおかげでいいことを学ばせてもらった」
父に似合わず苦笑していた。だがその言葉には全面的に頷けた。
「僕も、心の奥に潜んでいた、どうしようもない自分と向き合うことができた。あの時も、今も、これからも、親父と真正面からぶつかるよ」
僕たちは親子であり、お互いを支える大事な存在だ。助けたい一心で偽善を貫く僕は、誰か最も大切な人のために寄り添うと決めたのだ。
『最後まで、傍にいてやれなくて、ごめんな……』
親父が母さんに言った言葉。
果たせなかった雪辱と残留した後悔が籠った一言であり、同時に僕の本当の幸せに気づかせてくれた。
僕はこれからも親父に寄り添い支え続ける。いずれ来る最期まで。
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