第12話 陰謀論者の集い
11月5日の土曜日。時刻は14時を指していた。
そこは薄暗い部屋だった。
小学校の教室くらいの広さはあるだろうか。
四角い部屋の1面に窓が並んでいるが、今は黒いカーテンが引かれている。
部屋の中心には、折畳み式の長テーブルが一列で3脚並べられており、向かい合う様にパイプ椅子が9脚ずつ、そして両端に1脚ずつ置かれていた。
長テーブルの上には火が灯ったロウソクが並べられており、そこはまるで何かの儀式が始まるかの様な雰囲気があった。
パイプ椅子には既に18人が座っており、そこに座る人々は皆、仮装パーティーで装着する様なアイマスクをして、顔の表情はよく解らない。
その時、部屋の扉がガチャリと開けられ、
「皆さん、お待たせしてすみませんね。チロリンさんがちょっと道に迷ってしまったみたいで、お迎えに行ってまして」
と言いながら、痩せた身体にスーツ姿の男が同じ様にマスクをして現れた。
「さあ、チロリンさん。空いている席に座って下さい」
と呼ばれたのは、小柄な体型で肩まで髪を伸ばした女の姿だが、やはりマスクをしていて表情までは分からない。
「皆さん遅くなってすみませ~ん。後ろ、通して頂きま~す」
と、チロリンと呼ばれた女がそそくさと皆が席に着いた後ろを通って、空いた席に着いた。
そして、スーツを着た男がもう一つの空いた席に座ると、一呼吸置いてから口を開いた。
「さて、皆さん。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。本日の司会をさせて頂きます、管理人のイルイルです」
イルイルと名乗った男が挨拶すると、皆が口々に
「お世話になりま~す」
「宜しくお願いしま~す」
と言いながら、座ったまま軽くお辞儀をした。
「さて本日は、わたくし『イルイル』が運営するウェブサイト『世界の陰謀を暴き隊』のオフ会の予定でしたが、皆さんもご存じの通り、巷では謎の自殺者が急増しているという事件が勃発してまして、本日はこれをテーマに皆さんと議論する場にさせて頂ければと思い、この様な席をご用意致しました」
イルイルはそう言って深く息を吐き、
「では皆さん。本日はどうぞ宜しくお願い致します」
と言ってお辞儀をした。
19名の参加者がパチパチとまばらな拍手をした。
「ではまずお聞きしたいのですが、皆さんの中で、身近にこの事件に巻き込まれたとういう方はいらっしゃいますか?」
イルイルの問いに、二人の男が手を挙げた。
「おお、二人もいらっしゃるんですね。では、南極さんからお願いします」
とイルイルが促すと、南極と呼ばれた男が頷いた。
「これは丁度1週間前、つまり10月29日の出来事なんですが、私が通う英会話スクールの先生が、突然自殺したそうです」
「おお・・・」という騒めきが起こる。
「それはどのような自殺だったんですか?」
と誰かが訊いた。
「その先生は、スクールで働きだして半年くらいの新任教師で、友達とルームシェアをしながら生活していたそうなんですが・・・」
と南極と呼ばれた男が語りだした。
彼の話はこうだ。
英会話スクールの新任教師の名前をジョンという。
ジョンはアメリカから日本に来てまだ7か月。
日本語もままならないジョンは、友達を訪ねてルームシェアをする事になり、友達の紹介でその英会話スクールでアルバイトを始めたらしい。
しかし生活は貧しく、毎日カップラーメンやレトルト食品ばかりで生活していたせいか、時折体調を崩す事もあったという。
そんな中でもアルバイトを続けているうちに、徐々に生徒の数も増えてきて、生徒の指名なんかも貰える様になってきたそんなタイミングで、突然自殺をしたというのだ。
周囲の教師仲間からイジメの様な事が無かったかとか、色々警察の取り調べなどもあったが、結局はそうした事例は無く、自殺の原因は誰にも分からなかったという。
しかし、ルームメイトの証言では、
「ジョンの頭が、何か黒い霧に包まれている様に見えた。それまでスマホを見ていたと思ったら、突然部屋を飛び出して、何か叫びながら廊下を走って行って、屋外の非常階段のところから飛び降りたんだ」
という事だった。
南極と呼ばれた男はそこまで語ると、
「私のお話はここまでです」
と締めくくった。
イルイルは頷き、
「ありがとうございました。では次に、じゃじゃ丸さん、お願いします」
ともう一人、手を上げていた男を指して発言を促した。
じゃじゃ丸と呼ばれた男は少し身体を震わせている様にも見えた。
そして、
「実は・・・、私の妻が自殺しました」
と言ったのだった。
周囲でどよめきの様な声が上がる。
それをイルイルが制し、「続きを」と促した。
じゃじゃ丸と呼ばれた男の話によると、彼の妻が自殺したのは一昨日の事らしい。いつも通りに一緒に出掛け、近所の保育園に娘を預け、そのまま仕事に行ったのだという。
じゃじゃ丸の自宅は千葉県の市川市にあり、じゃじゃ丸は都内の会社に通勤し、妻は船橋市にあるデパートが職場だったらしい。
しかしその日の昼休み、スマホに何度も妻から着信があるのを見て、折り返しの電話をしてみたところ、電話口に出たのは警察を名乗る男だったそうだ。
聞けば妻は交通事故に遭って意識不明の重体だそうで、じゃじゃ丸は慌てて会社を早退し、指定された病院に行って見たが、じゃじゃ丸が到着した時には既に妻は死亡していたのだそうな。
警察の話によると、妻は職場に着くや否や「るー、るー」と鼻歌を歌っている様だったという。
周囲の者も「何かいいことでもあったのだろう」と思っていた矢先、突然デパートの建物を飛び出して、敷地の外の道路に飛び出していったのだという。
目撃者が多くいた事から、死因は自殺と断定されたが、家庭で問題が無かったかと昨日まで、ずっとじゃじゃ丸は警察の聴取を受けていたのだという。
「じゃじゃ丸さん・・・、奥さんの通夜や葬儀は大丈夫なんですか?」
とイルイルが訊いた。
じゃじゃ丸は頷き、
「はい。今は実家に子供も預けていますし、妻の遺体は司法解剖を行うとかで、通夜や葬儀はまだ先になりそうです・・・」
と震える声でそう言った。
周囲の者が手を合わせ
「お悔やみを申し上げます・・・」
と口々にそう言った。
イルイルも手を合わせてそう言った後、
「とても悲しい出来事が身近で起こっている事が分かりましたね」
と言って会を進行する様だった。
「私は今回の事件の事を色々と調べていたのですが、今皆さんがお聞きになった様に、ほとんどの場合で自殺した人達の死ななければならなかった原因が分かりません」
イルイルはそう言うと、スマホを操作しながら背後の白い壁に、天井に取り付けられたプロジェクターで画像の投影を始めた。
「皆さんに、この表を見て頂きたいのですが・・・」
と言って映し出されたのは、公表された自殺者のリストだった。そこには自殺の場所、自殺者の居住地、自殺した日時が記載されていた。
「私はこのリストを作成しながら背筋が凍る思いがしたのですが、皆さんはこの表から何か気になる事はありませんか?」
イルイルがそう言うと、皆がイルイルの背後の壁に映し出された表を凝視する。
しばらく沈黙が続いた後、遅れてやって来たスーツ姿の女が手を挙げた。
「ヨモギ餅さん、何が気になりましたか?」
ヨモギ餅と呼ばれた女は、その場で立ちあがり、
「自殺した日が10月25日から30日前後に集中しているのと、死んだ人の居住地が千葉県の市川市とか船橋市とかに集中しすぎているのが気になります。あと、10月31日から11月4日までの日付で見ると、自殺した場所が東京23区内に集中しすぎている様に見えます」
その言葉に皆が頷き、イルイルも大きく頷いた。
「そうなんですよ。私もそれに気付いた時には背筋が凍る思いでしたよ。で、南極さんとじゃじゃ丸さんお伺いしたいんですが、英会話スクールの先生の住居と、じゃじゃ丸さんの居住地についてお伺いしてもよろしいですか?」
まずは南極と呼ばれた男が手を挙げ、
「先生の自宅は船橋駅から近いマンションだと聞いています」
と答えた。
そして、じゃじゃ丸と呼ばれた男は、
「私は・・・、練馬区に住んでいます」
とだけ答えた。
「なるほど、先週自殺した英会話教師は船橋市に居住。そして、じゃじゃ丸さんは練馬区だという事ですね。ならば、この表についてヨモギ餅さんが発言された点とも符合する様に思われますね」
とイルイルはそう言い、スマートフォンを操作して次の画面を映した。
「で、これらの自殺の共通点について他にも色々調べていたんですが、先ほど南極さんのお話にもあった『黒い霧』とか『黒モヤ』の様な話が多かったのと、じゃじゃ丸さんのお話にもあった、『歌とも言えない声を発しながら突然自殺した』という証言が重なる訳なんですよ」
イルイルは顔を上げ、
「今回皆さんと議論したいのは、正にこの共通点についてなんです」
と言ったのだった。
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11月6日、日曜日、13時05分。
神楽坂通りを走るタクシーの中で佐々木はスマートフォンで何度も妻の登紀子に電話をかけていた。
しかし、何度電話をしても登紀子が電話に出る事は無く、留守番電話のメッセージの容量を超えたのか、今は留守番電話にさえ繋がらなくなってしまっていた。
「登紀子・・・」
佐々木がそう漏らすのを、タクシードライバーがルームミラー越しにチラリと見る。
「お客さん、そろそろ飯田橋付近ですが、この先で事故か何かがあったみたいで、駅までは時間が掛かってしまいそうなんですが、どうされますか?」
そう言えば先ほどからタクシーの動きが鈍いと思っていた。
ただの渋滞かと思っていたが、この先で何かがあったのかも知れない。
「ああ、じゃあここで降ります」
と佐々木は言うと、財布を取り出して料金メーターを見た。
3570円。
佐々木は小銭入れも確認し、600円を取り出して金銭トレーに3600円を置いた。
「釣りは要らないからすぐに扉を開けてくれ!」
と佐々木は
午前に庁舎内のテレビで見た、女が飛び降りた映像が佐々木の頭の中に繰り返し流れていた。
(どうか人違いであってくれ・・・)
誰であろうと自殺などしてほしくはない。
しかし、この時の佐々木にそんな倫理観など通用する筈も無かった。
愛する妻と子が無事かどうか、それだけが気がかりだった。
佐々木は飯田橋の駅の方面へと向かって走り、混雑する車道を抜けて大通りの歩道まで来た。
するとそこには交通規制が張られており、3台の救急車が駅前の路上に駐車されていた。
慌ただしく救急隊員が、怪我人と思しき男を乗せたストレッチャーを車両に収納し、その救急車がサイレンを鳴らして走り去った。
(良かった! 今のは登紀子じゃない!)
そして、駅に隣接する様に建設された高層マンションからも、女性と思しき怪我人を乗せたストレッチャーが救急車に向かって運ばれている。
(そこじゃない! 俺の自宅はその裏のマンションだから、まだ大丈夫な筈だ!)
そして、女性を乗せたストレッチャーも2台目の救急車に収納されてサイレンを鳴らして走り去る。
3台目の救急車の後部扉は既に閉じられており、2台目が走り去った直後にサイレンを鳴らして発車するところだった。
先ほどまで救急車が停まっていた場所に残る数名の警察官が、無線で本部かどこかと通話しているのが聞こえた。
「ただいま救急車が現場を出発しました。受け入れ先は慈恵医大病院です。
佐々木の足が止まった。
(今・・・、佐々木登紀子と言ったか・・・?)
「慈恵医大病院・・・」
佐々木はそう呟くと、そのままJR飯田橋の駅の方角へと走りだしたのだった・・・
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